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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』/崩壊していく内なる世界をつなぎとめるもの
2023-03-12 15:24
黒い線が円を描く。ブラックホール。コインランドリーに並ぶドラム式洗濯機。不機嫌そうなボールペンの軌跡が領収書に描く円。薄暗い部屋でカラオケを楽しむ家族を映す丸い鏡(母が口を塞ぐが、それでも歌い続ける娘)。そして炭化したように見える漆黒のベーグル。全てを吸い込んでしまいそうなその小...
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マーティン・マクドナー『イニシェリン島の精霊』/嫌われの螺旋階段は永遠に続くのか
2023-02-23 05:30
親友が口を利いてくれない。大混乱の末になんとかして理由を問いただすと「特に何かされたわけではない」。ただただ「退屈だ」と。思索と音楽の人である親友コルム(ブレンダン・グリーソン)は、ロバの話を2時間聞かされる代わりに、曲を作りたいという高邁の人。だが、主人公パードリック(コリン・...
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『ナイブズ・アウト:グラスオニオン』/段取り良すぎ系ミステリー
2023-01-14 18:06
一言話しただけでネタバレに直結しそうな、まさに新型燃料のような危険物なので物語には一切触れない。「確かに面白いが、色々難あり」だった前作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』の100倍は良かった。勝因はシンプルに脚本。まさに「玉ねぎ」のように何重にも階層化された時系列ミステリ...
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ミシェル・フランコ『ニューオーダー』/風刺の底に淀むポエジー
2022-12-30 14:44
暴力革命が成し遂げるのは、平等や平和ではなく、次の抑圧である。円環が見事に閉じる結末に、思わず声が出た。ミシェル・フランコの新作は、ディストピアSFの皮をまとった風刺映画。メキシコで軍部を中心とした革命が起こるが、金持ちから末端の人間まで、何が起こったのかを正確に知る術を持たない...
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フィル・ティペット『マッドゴッド』
2022-12-30 13:15
原始、土塊に命を吹き込むのは神の仕事だったのだから、「アニメーター」とはまさに「神」であるに違いないというのは単純な一次方程式であるが、ことにその変数xに入るのがかのフィル・ティペットなのだとしたら、それは正しく「マッドゴッド」と呼称せざるを得ないだろうな、『スターウォーズ』のチ...
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アレックス・ガーランド『MEN』(ネタバレ)
2022-12-10 15:16
「夫を目の前で失った傷心を癒やすため、主人公ハーパー(ジェシー・バックリー)が訪れた風光明媚な小さな村の住民が、みんな同じ顔だった…」というあらすじに惹かれて観たものの、では結局なんだったのか、と鑑賞後に問われると、言葉に詰まる所があるアレックス・ガーランド監督最新作。『エクス・...
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クリスティ・プイウ『ラザレスク氏の最期』/たらい回し医療の地獄
2022-12-06 11:36
腹痛と、それ以上の頭痛を電話越しに訴えるラザレスク氏。「腸の潰瘍だと思う…」という過去の手術がもたらす憶測が、頭痛を過小評価させる。見るからに埃と垢に塗れた小さなアパートで老齢の一人暮らし。娘はカナダに暮らし、親戚は遠くに住む姉一人。ラベルの剥がされた汚いペットボトルが至るところ...
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ヨルゴス・ランティモス『アルプス』
2022-11-28 15:36
カメラに背を向けた主人公が前進する直前、ちょうど一息分ぐらい。スッと間を置いてから時が動き出す。ヨルゴス・ランティモス監督作『アルプス』。謎のグループ「アルプス」に所属するメアリーが、現実との境を見失う(メアリーを演じるのは『籠の中の乙女』『ロブスター』のAngeliki Pap...
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『ミス・バイオレンス』/命との距離の描き方
2022-11-14 17:01
11歳の誕生日を迎えた少女アンゲリキは、祖父母と母エレニ、兄妹達との誕生日パーティーの真っ最中に、うっすらと笑みを浮かべたまま、バルコニーから身を投げる。彼女の死によって児童福祉局から目をつけられた家族。子どもや孫たちを奪われてしまわぬよう、祖父は手を尽くすが、極めて抑圧的な彼の...
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アティナ・ラヒル・ツァンガリ『アッテンバーグ』/骸となった街で
2022-11-12 18:27
空想と現実の間には、ぼんやりとしてはいるが、境界線のようなものが確かにある。そして、たびたびその境界線は、いつの間にか現実に蝕まれている。冒頭で映し出される、主人公マリーナと親友ベラによる女性同士の濃厚なキス。実際には経験豊富なベラによる「レッスン」であり、性的な興奮や熱は一切感...
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コゴナダ『アフター・ヤン』/やがて訪れる決定的な不具合に向けて
2022-11-12 13:52
公式サイトに引用された「まるで小津安二郎監督が、アメリカのSF映画を作ったかのような味わい」というハリウッド・リポーターの評が的を射ている。『コロンバス』コゴナダ監督の最新作。絶妙な近未来設定や、舞台装置(金魚鉢型の手提げバッグとか、微妙に現代とズレた服装センスとか)は、同じA2...
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アンドリュー・ブジャルスキー『Funny Ha Ha』/流されて生きる俺たちの、見えない壁としての社会
2022-11-02 17:39
「マンブルコアのゴッドファーザー」ことアンドリュー・ブジャルスキーによる、マンブルコア最初期の伝説的な一本。公式に買えるVimeoの動画だと字幕もないので躊躇していたんだけど、もごもごすぎてネイティブでも聞き取れないぐらいらしいから、もうこりゃ無理だと思って英語わからないなりに観...
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Netflix『呪詛』/収奪された記憶を巡る抵抗の記録【ネタバレ考察】
2022-08-06 04:02
6〜7年ぐらい前、沖縄の小さな離島で、観光地からちょっと離れたところにある小路を進んだところ、不思議な空間に入り込んでしまったことがある。不揃いな石が数個ずつまとめられた「塔」が、ぐるり並べられていたその光景に、誰かが(俺かもしれない)「入ってはダメな予感がする…」と呟くと、皆同...
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バーバラ・ローデン『WANDA』/主体を取り戻す獣
2022-07-16 18:43
猛り狂う雑踏。漂白されていないノイズが、70年代の街の空気を煮出す。画素の粗い16mmフィルムの質感。役者は揃いも揃ってほぼほぼ大根。いかにも典型的なBフィルムの風情で、だからこそ、型の定着しない魅力に溢れている。早逝した映画作家バーバラ・ローデンによる1970年の伝説的な作品で...
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『マルケータ・ラザロヴァー』/白黒のキャンバスに像を結ぶ野蛮なリアリズム
2022-07-11 17:39
雪の舞う極寒の地を往く伯爵一行が、物も言えぬ白痴に見える片腕の男とすれ違うと、やおらスリングを取り出したその男の奇襲に遭い、伯爵の息子クリスティアンとその従者が捕らえられてしまう。略奪者であるコズリーク一家。彼らを捕らえんと復讐に燃えるビヴォ隊長をはじめとする王の部下たち。そして...
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ジョセフ・コシンスキー『トップガン マーヴェリック』/ロッキーを見習って欲しい
2022-06-11 12:53
大ヒットおめでとうございます。多くの映画ファンを敵に回すような感想で恐縮なんだけど、個人的には全く合わなかった。マーヴェリックの成長しなさを「なんとなく」肯定してしまったように見える前作の体育会系ノリが心底合わなかったので、その直感に従って、観るの止めればよかった。大変落ち込みま...
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青山真治『EUREKA/ユリイカ』/円環と失われた声を求めて
2022-06-06 17:02
青山真治さんが亡くなるという悲しい出来事がきっかけで、あの『ユリイカ』を映画館で観る機会を得た。2000年代初頭の東京(周辺)で20代を過ごした皆さん同様、僕らも少なからずジム・オルーク狂だったので、『ユリイカ』を観ることは当然必須であった。にも関わらず、(僕だけが)未見のままこ...
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ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』/諧謔と皮肉に満ちたコメディの全方位砲火
2022-06-05 16:39
真摯な批評の断片が積み重っているだけなのに、ここまで圧縮して出力すると、途端に悪意の塊としてしか捉えられなくなる。容赦も忖度もなく、雪崩のように襲いかかってくる批評が、そのスピードと濃度故にコメディに見えてくるような現象。ルーマニアの映画監督ラドゥ・ジュデによる最新作。自身の性行...
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キリル・セレブレニコフ『インフル病みのペトロフ家』/超現実が背骨を持ったら
2022-05-09 17:25
試しに一旦、この混沌とした物語の説明を試みたい。インフルエンザに罹っている主人公ペトロフが、激しく咳き込みながらトロリーバスで移動している。途中、政治家を射殺するミッションに参加させられたり、文字通りの「高熱の時に見る悪夢」のように脈絡のない展開に、自分まで罹患したような心もとな...
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マイク・ミルズ『カモン カモン』/僕たちの関係に録音がもたらす「永遠性」
2022-05-07 16:59
母を亡くして以来関係がギクシャクしていた妹に連絡を取ると、音楽家である彼女の夫が過度のプレッシャーに神経をやられていて、彼の世話をするために息子のジェシーを一時的に誰かに預けなければいけないと言う。ラジオ番組のスタッフとして働く主人公ジョニー(ホアキン・フェニックス)は、ちょっと...
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ディノチェンゾ兄弟『アメリカ・ラティーナ』/噛み合わない歯車が誘う狂った世界
2022-04-30 16:03
美しい妻と二人の娘を持つ歯科医のマッシモは、自宅の地下室で見てはいけないあるものを発見する。「やったのは誰なのか」というフーダニットと、「狂っているのは世界か俺か」というボーダーラインミステリーが並走し、マッシモの心を蝕んでいく。一度観ておきたいと思っていたディノチェンゾ兄弟監督...
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「淫らな目線」についての物語/ジャック・オディアール『パリ13区』
2022-04-22 17:39
「目線」、それも(劇中で言うように)「淫らな目線」についての物語。四人の男女が、「恋愛」とか「セックスそのもの」を中心に車座で囲み、それらとどのように距離を取るべきなのか逡巡し続ける。あるものは極端に積極的で、あるものは色々な事情から消極的であるが、これは俺の周りにも思い当たる人...
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虚飾の影に苦虫を噛み潰して/Amalia Ulman『エル・プラネタ』
2022-04-19 15:01
Amalia Ulman初監督作は、彼女の有名なアート・パフォーマンス「Excellences & Perfections」のエンディングに流れる長い葬送曲のように聞こえた。トラジコメディの、「トラジ」にも「コメディ」にも振り切らないまま、フラフラとある種の「悲惨さ」を貫...
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男と鋼と女と/ジュリア・デュクルノー『TITANE/チタン』
2022-04-01 20:30
ここまで異常な映画を観たのは初めてかもしれない。かなりの覚悟を胸に深夜の映画館に向かったのに、こんな事態になってしまって困惑している。かつて観たことがないだけではなく、ジュリア・デュクルノー以外の作り手がこんな映画を撮ることは、これからもないだろう。カンヌ国際映画祭でパルム・ドー...
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”正常”の鏡越しにあるサイケデリア/ジャスティン・カーゼル『ニトラム/NITRAM』
2022-03-31 17:21
がらんどうの部屋で回り続けるレコードに指を添えると、音楽が不安定なピッチで空虚に鳴り、サイケデリアが黒い花を咲かせる。「やっぱり、サイケは正常の裏側にあるんじゃん!」と心で喝采を送ってしまうが、それはこの物語そのものの表象であるのだ。か細い指の一本でピッチを揺らすそれと同じように...
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『THE BATMAN』狂人の瀬戸際で戦う新しいブルース・ウェイン
2022-03-12 17:49
ゴッサム・シティの影に潜む「バットマン」の忍び寄る恐怖。漆黒の背景を覆い尽くす深紅の文字「THE BATMAN」と、続く重厚な冒頭の恐怖描写を観て、鑑賞の心構えを決めた。土砂降り。画面越しに感じる湿気だけで相当に鬱々としてくる気分は、その世界の住民とシンクロしているかのようで、不...
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映画「湖のランスロ」「たぶん悪魔が」予告編(監督:ロベール・ブレッソン )
2022-03-06 17:05
この予告編、なんかすげえよな。オリジナルのものを使いながら、攻めた編集でブレッソンのミニマリズムに真正面で取り組んでいる、キレッキレの予告編。映画館で観た時、大変ぎょっとしました。ブレッソン監督2作特集上映が、3/11から開始。俺は前売チケット取った。あと『ラルジャン』観れたら、...
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ツイン・ピークス The Return
2022-03-02 01:16
遂に旅が終わった…。2017年に再開した『ツイン・ピークス』の旅は、18話の長きに渡り、絶えず驚きをもたらしてくれた。「果たして、ツイン・ピークスに語るべき謎は残っていたのか」などと蒸し返す必要もない、あれもこれも観たい知りたいが、結局『ローラ・パーマー最期の7日間』同様、見たい...
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パーマネント・バケーション
2006-04-20 02:49
アロイシュス・パーカーは、チャーリー・パーカーと姓が一緒の主人公。リーラという恋人の家に転がり込み、夜毎に出歩く。何度となく読んだロートレアモン『マルドロールの歌』を彼女に残し、今日も夜の街に繰り出すが、そこで出会うのは各種のアウトサウダーたちである。古戦場で敗残兵に遭ったり、夜...
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Free Radicals
2020-08-21 02:16
Baguirmi Tribe of Africaの演奏に合わせて白黒の映像が踊る、Len Lyeによる4分程度のショートムービー。正直、今まで観たLen Lyeの中で一番良かった。フィルムに直接傷をつけるブラッケージスタイル。時折奥行きを感じるときがあって、こういうアナログで作ら...
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Kyiv Frescoes - Media City Film FestivalMedia City Film Festival
2022-02-27 16:47
「Media City Film Festival 2022」の配信プログラムで、セルゲイ・パラジャーノフの『キエフのフラスコ画』を観た。今、このタイミングで。軍靴を脱いだ軍人たちの洗い流した床。死と結婚と出産のイメージ。時の流転と伝統。無声映画ながら、歌詞が分かればもっと解像度...
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DUNE/デューン 砂の惑星
2021-10-28 16:21
映画館の大スクリーンの前に陣取り、ほぼ視界の全面をIMAXのスクリーンが占領している状況で、砂嵐、大雨、これほどまでに視界は遮られるのか。それでいて、本当に視界に入れなければいけないものは、あまりに小さく、儚い。これを「圧倒的な体験」と言い換えられる、容易い世の中に生きている。ド...
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Four Roads
2022-02-19 13:05
パッと見、とてもメカス。ただ、直接人と会えないコロナ蔓延下、16mmのカメラとズームレンズを使って、遠距離で撮影をした映画であるという「パンデミック映画」としての側面もある。デジタルズームだとこうは綺麗に撮れていないという意味で、ある種のデジタル批評というか、ポストアポカリプス的...
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Eltávozott Nap
2022-02-18 19:15
カティ・コヴァーチ演じる孤児院で育った24歳の美しい主人公が、死んだと思っていた母親からの手紙をきっかけに自分の家族を探す旅に出る。探し当てた母親には新しい家族がおり、姪と偽りつつ彼らと僅かな時を過ごす。田舎で育ったクリスティン・スチュワートのような美しさと野暮ったさを同時に湛え...
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MONOS 猿と呼ばれし者たち
2022-02-17 17:03
人里離れた高地、幽玄な景色をバックに、激しい訓練で消耗する少年兵たち。言語や風景から南米を思わせるものの、場所も目的もはっきりしない戦争の中で、人質の管理を任されることになった彼らは、極度の緊張を強いられている。アブストラクトなミカ・レヴィの音楽が見事に演出する、幼い精神の落ち着...
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The Backrooms (Found Footage)
2022-02-17 04:36
『The Backrooms』というクリーピーパスタ(ネット上の都市伝説)をそもそも知らなかったんですけど、気付いたらこの無機質な黄色い部屋の続く迷宮の中。4-chan発祥の妄想ホラー譚を、Kane Parsonsという16歳のクリエイターが投稿したのがこの動画。「亜空間迷い込み...
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ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン
2021-08-10 05:15
一日目。じゃがいもを火にかけると、来客あり。その男性を家に迎え入れた主人公(デルフィーヌ・セイリグ)は、そのまま奥の部屋へ。カメラは固定されたまま一転、日が暮れている。男性は女性に紙幣を渡し、「また来週来るよ」と告げる。居間にある大きな壺に紙幣をしまうと、そのまま、バスルームで念...
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Ham on Rye
2021-05-25 09:18
若者たちは「Monty's」というレストランを目指して歩いている。不相応にめかしこんだ彼らが歩くのは、パーティーに参加するのがその目的のようだが、肝心のパーティーの内容は靄がかかったように観客には明らかにされない。そこでは男女の出会いがあるらしい、という情報だけが辛うじて伝えられ...
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もう終わりにしよう。
2020-09-07 17:29
大変困った。話題になっている、Netflixオリジナル作品として配信されたチャーリー・カウフマン監督作を観た。ネットに溢れる数々の秀逸な感想、解説(特に重要なのは、チャーリー・カウフマン自らが疑問に答えた記事)を読む前に、自分の解釈を書き記しておくのがオススメ。超混乱しながら自分...