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『演劇1・2』

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事前情報をかなりシャットアウトしていたにも関わらず、自分が観終わったその時にこう感じ、これを見いだすんだろうなあ、と漠然と考えながらの観賞。その事前の先入観こそ「観察映画」の敵なのだという事を、観賞後にようやく思い出した。僕の観たものは、事前に思っていたのとは全く違う映画だった。

想田和弘監督による「観察映画」第三弾『演劇1』、同じく第四弾『演劇2』が、過去の観察映画と大きく異なるのは、観察対象であるところの「平田オリザ」がかなりの難敵であったところだ(「観察映画」シリーズを通しての最初のラスボスのような感じすら受けた)。何より、「虚構」を描く達人であり、本人が嘘をついているのか、どこからどこまでが演技なのか分からないタイプの人間であるからだ。その結果、この映画は「想田監督の敗北」を描いた映画になっていると感じた。

特に平田オリザとその青年団が、どのように作品を作り上げるかを掘り下げた『1』では、想田監督の作品というよりも、その観察対象であるところの平田オリザの強烈な面白さに惹かれてしまう。演劇にはほとんど興味がなく、平田オリザの事は名前しか知らなかった自分ですら、である。劇中で言うところの「ファジーな質問に理路整然とした答えを返す」平田オリザのキャラクターと、マチズモに支配されたようなものであろうと想像していた製作現場での、淡々としかししつこく何度も繰り返される稽古の様子は、観察映画というよりも「平田オリザの映画」が先に立ってしまう。

演劇の製作過程という「内」を描いた『1』と、「演劇」というテーマを背骨に表裏一体を成す『2』では、経済や政治といった「外」が描かれるが、この現実と虚構の接点で、想田監督の観察眼は激しく右往左往する。平田オリザの実践と、青年団の作る虚構の中で、現実を見据える我々の視線も大分揺らいでくるのが分かる(『1』にあった「異様にディティールにこだわる窓ふきの青年」が、この物語を通すとなんらかのペルソナを被った架空のの人物像に見えてくるのが「観察映画」の真骨頂だが、『2』の「単なる黒人女性が駅員に何かを尋ねられている」シーンが、全くの虚構にしか見えなくなってしまう珍現象が見事だ)。

しかしながら、映画内のパワーバランスの手綱を握っているのは相変わらず平田オリザに見える。そして、改めて、やはり幕を開けるまで分からない、台本を書けないその真実を端的に表す「観察映画の敗北」という事実こそが、この映画、そして「観察映画」そのものの面白さの本質の一つなのだと思う。そう、この映画、メチャクチャ面白い。

役者の「心」の問題、政治と芸術の問題、といったテーマが、想田監督と平田オリザの二人によって劇中でいくつも提示される。そうした視線の絡みあいの果て、上映時間6時間近い『演劇1・2』は、いささかユーモラスな想田監督と平田オリザの「闘い」で幕を閉じるのだが、想田監督の視線は平田オリザの現実を描き出せたのだろうか。「観察映画」のプリンシプルに則り、解釈はいつも通り、我々に委ねられている。

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