小学校でむすこの個人面談 → 急いでオフィスへ → 採用周りのヘビーな話 → 会社用PC受け取り → 開発周りのヘビーな話 → 月一の飲み会 → 帰宅。デッドプール観ようと思っていたんだけど時間が合わずに断念。
ちょい長めのバンドMTGを終えてから、Arrrepentimientoの新作レコーディングを再開。1995年ぐらいに初めて曲を録音してからもう30年ぐらい?ついに、一番ヤバい作り方見つけた。自分でもこれからどうなるのか全くわからない。ここで何が起こっているのか、全くわからない。
自宅録音あるあるなんだけど、録音に手を付け始めたぐらいの時期って、頭の中にある完成図と実際に鳴っている音のギャップがエグすぎて、全然テンションが上がらないのが普通。だから、少しずつトラックを重ねて完成図に近づける過程で、なんとか気持ちを盛り上げていくのが常なんだけど、今回は全然違う。コントロールしづらい状況を意図的に維持する代わりに、毎回とんでもないことが起こるので、それに合わせて楽曲の形も変わっていく。ずっと試してきたやり方がついに実を結んだ、という感覚がある。
この段階を経て、整音〜コントロールフェイズに入ると、まとまりすぎてテンションが 下がっていくパターンは考えられる。今のところ、それでも想定からかけ離れすぎてて、テンションの下がる気配はないけれども。
どれぐらいヤバいかと言うと、視聴してたら、車のクラクションとドラムが勝手に同期し始めた。完成が自分でも楽しみ。
むすこが帰ってきた。心に空いた隙間が埋まったような気がして、俺は親離れできるのだろうか。こわい。
今日もアサイヤス観た。『冬時間のパリ』。昨日の『アクトレス 女たちの舞台』に続いて、邦題が全く機能していない。それはさておき、これもまた傑作で。デジタル化の波に翻弄される老舗出版社に務める敏腕編集者・アラン(ギヨーム・カネ)と、人気アクションドラマに長年出続けている女優・セレナ(ジュリエット・ビノシュ)の夫婦。二人のダブル不倫を描くのだが、一貫して複数のテーマが走り続けて、表層がコロコロと変化し続ける。原題は『Double Viles(2つの生)』で、「二重生活」的な意味らしい。如何にも、表層と実際が乖離し続けたまま、取り繕うように人生が流れ続けている。しかしながら、そうした「形式」と、電子化する出版文化、政治とネット、といった社会課題の接続面は一向に見えてこなかった。これは俺の観察力不足だろうと思う。
修学旅行二日目。「むすこがいないとできないこと」っていうのがあんまり無くて、しゃあないので今日は豪徳寺まで呑みに行った。昔の行きつけ、まねき屋。そもそもお通しのあら煮が美味すぎて日本酒が進むと、何故か「日本酒呑んだお客さんにサービスです」と、レアな日本酒を注いでくれた。なんで?また通おうと思う。
ヘレナを演じることが出来たなら、主人公は「老い」を受け入れることが出来るのだ。オリヴィエ・アサイヤス『アクトレス 女たちの舞台』を観た。感想を書いていたら文章が消えてしまったので、今夜はここまで。
むすこが修学旅行でいない夜、久しぶりに夫婦水入らずだ、つって近所の町中華でキムチチャーハン食った後、ずっとむすこの写真観ながらダラダラむすこの話してた。俺たちはむすこのことが好きすぎる。他は特に何もせず、俺はこれから録音に勤しむのである。失敬。
昨日のげんき映画の会で、「『犯罪都市』のマ・ドンソクが最強かもしれない(ただし、3以降で開花する)」という話を聴いたので、朝起きてすぐに視聴開始。巻き込まれて全編視聴してしまったむすこも、「確かに犯罪都市だった…」と感想を漏らしてしまうぐらい、本当に犯罪都市。そんな犯罪都市の型破りデカであるところのマブリー氏。冒頭から、刃物を持ち出したチンピラ同士の大喧嘩を、通話の片手間に処理。冒頭から凄すぎて、完璧に目が醒めてしまう。
一方でバダサイやJin Doggみたいな冷めきった目のボスを含むヴィラン三人も凄い。たった三人しかいない組織だが、頭のネジを飛ばし切ることで画面に恐怖が充満してしまう。こいつらは話とかシャレが通じないな、という空気になる。
頭のネジがイカれ た三人 vs 腕の太い人類最強マブリー。これだけでシンプルな見応えがあるし、実際それを期待している人々が大満足する出来なのだが、ちょっと深みがあるのは、このヴィラン三人がマブリーとの対決ではなく、市井の人々の抵抗によって少しずつ削られていくところにある。マブリーは最強だが、その腕っぷしだけでは勝てない。「力なきものたち」の抵抗が、集まることで大きな力を発揮するという、革命の有用性をしっかりと描いている。
今日は夕方からげんき映画の会合があるので、朝のうちに映画を観ておく。『ディセント』。全然悪くない、面白いんだけど、ところどころ「なんでこうなるかな…」という瞬間があって面白い。なんでこうなるのかな。ただ、主人公にとって恋敵となる女性が、実は主人公のことを一番気にかけている、という展開はあまり見たことなくてグッと来た。他のメンバーは割と薄情なのにな。
集まりの前にいつもの銭湯で汗 を流す。温泉とサウナで温まった身体にビールを流し込むのが至福となったのはいつ頃からだったか。時間的に混雑している浴場だが、35.8℃。あまりの暑さに、サウナには人がおらず、水風呂が満杯、という瞬間があった。それでも水風呂にギチギチと浸かっていたら、同じく水風呂に浸かる子どもたちを指して隣の常連老人たちが「暑くて子どもが水風呂入りに来てるよ」「俺たちもそんなもんだろ」。渋い地元の老人すぎて痺れた。
野球部の大学生、タトゥーだらけのおじさん、他の常連と喧嘩してるらしい常連、人足を手配している土方商売。普段あまり接点のない人たちが、同じ街に住んでいるという共通点をよすがに集まっている。
雨もぱらつく中、待ち合わせてまだ行ったことのない地元の店で飲酒。すごく美味いが高い店で、映画について話す。「本気で怒れる映画は、良い映画」「俺はジョシュ・オコナーになりたい」「マ・ドンソクが最強なのかもしれない」「ポール・アトレイデスには別名が多すぎる」など。
『ルックバック』観た。漫画も読んでるから内容も知っているのに、序盤から泣けてくるんだけど、あれなんなんだろうね。知っているからこそ、予感すら出来ない運命に向かって前進するしかない二人を想って泣けてくるのだろうか。そう いうことでもないような気がする。
結局そこにあるのは、「やるやつはやる。何があっても」という単純な話なのかもしれないし、「だとしても、運命が変わることはない」という冷徹な事実なのかもしれない。それでも、決して敵わないと思っていたライバル=引きこもりの京本から思いもかけない運命的な言葉をもらい、振り上げる両腕に力がこもっていく帰り道にも、運命的な空手キックの後、藤野が豪快に振り上げたピースサインを眺める京本に対しても、そもそも上空から見下ろす漫画じみた街が、徐々に現実の形を帯びてくる冒頭から、終始巨きくて柔らかな視線を感じる。「巨人の肩に乗る」とも言うではないか。
アニメには描けないものも実写は描けるのと同様、実写には描けないものをアニメは描ける。この素晴らしいアニメーション小品を体感して、その意義を芯から実感した。
ところでその成功の一役を担っていたのは間違いなく「声」だと思う。特に、主人公藤野の演技は圧倒的で、アシスタントを断る電話での片手間で気だるい会話とか、そこに人が生きているとしか思えなかった。あくまで平熱、過剰になりそうな演技はギリギリまでトゲを削り、感情を爆発させる箇所でも同様にやってみせる繊細な仕事。演技って本当に難しくて面白い仕事なんだな、と考えさせられる演技。エンドロール、楽しみに待っていたら「河合優実」とあって気を失うかと思った。2024年、河合優実の年すぎる…。
健康診断以来、平日昼間は自分で料理するようになった。妻も週の前半は出勤しているので、心持ちの変化もあり、ちゃかちゃかと何でもこなすようになって心地よいが、この「気分」がいつまで続くかわからないのであまり調子に乗らないこと。今日は4〜5件コードレビューして、明日公開予定のコードをまとめ、リファインメント準備してから、面接を三件こなした。
下高井戸シネマで『現代アメリカン・アヴァンガルド傑作選2024』から、Christopher Harrisの『STILL/HERE』。セントルイスの荒廃した風景が切り取られて、永遠に続くかの如き静寂。
パッと見、何がやりたいのかさっぱりわからないのだが、後半になるにつれて、ぼんやりと輪郭が見えてくる。かつてこの地にあった生活の亡霊を呼び起こすような、そんな意思のある映像。「記憶の夢の記憶」の中で、父のいびきを聞く女の話が印象的。「この街で、夜は呼吸の仕方を学んだのかもしれない」。かつて生きたセントルイスに帰って来るという物語が 、崩壊する建物の床と床の間(階=Story)と、外界と外界をつなぐ建築物(=Return)と呼応している。
冒頭から抜群に良いルイ・マル『好奇心』。ビバップに熱狂し、『墓に唾をかけろ』を読む少年。チャーリー・パーカーが鳴る映画は良いというのが相場だが、現代だとこの革命的なフィーリングは誰が主導しているのだろうか。90年代はニルヴァーナがそうだったし、00年代は例えばエイフェックス・ツインとか?フランク・オーシャンとかかな?どうだろうか。
母親に恋慕の情を持つ少年が、思春期を経て大人の階段を登る話で、「近親相姦もの」と言ってしまうと、その隙間に隠された繊細な感情がこぼれ落ちてしまう。夫との冷めた関係から、男を取っ替え引っ替え恋愛体質にある母親に対する、嫉妬や失望や羨望が入り混じった感情を内に抱えたまま、その本当の感情に蓋をするように子供らしい振る舞いをことごとく踏み外していく主人公。その割にはあっけらかんと乾いた語り口が、ちょっと呆気にとられるようなラストシーンの「何でもなさ」に帰結していくのだ。
休みなれど休みに非ず、という雰囲気の有休火曜日。長めに飯食ってたのと、午後にむすこを眼科連れて行ったこと以外は、普通の忙しい平日だった。人が足りないので仕方がない。
U-Nextで『タワーリング・インフェルノ』を視聴。『ダイ・ハード』に大変な思い入れがあるので、「高い」「閉塞した」空間でのパニックスリラーの先駆として、いつか観なければいけないと心に決めていた一本。70年代に「キャプテン・アメリカ」を撮っていたら絶対スティーブ・ロジャース役だったと確信しているポール・ニューマンと、止まってると擬人化した犬みたいなおっさんだなとか思うのに、動き出したら色気が凄すぎて卒倒しそうになるスティーブ・マックイーンのダブル主演。ずさんな計画と緊張感のなさ、下請けいじめと中抜きによって脆弱となった超高層ビルの竣工式当日、コストカットのために粗悪な部品を使った配電周りから出火。気がついた頃には大火事になり、最上階で行われていたパーティー参加者たちが閉じ込められてしまう。
そもそも、このビルの設計者であるポール・ニューマン自身が、肝心な時に「砂漠(砂漠、とは?)」に行っていて大して現場を監督もしておらず、たまに出社したかと思えば奥の部屋に女を連れ込んでガッツリいちゃついているもんだから、後々眉間に皺寄せて身体張ったところで鼻白むなーとか思っていたんだけど、本人も一連の行動を重大な過失として責任を感じており(まあ、イチャイチャについてはスルーしてたけど)、そうなるとダブル主演の片方にこの大事故の責任があるという状況はなかなか面白いな、と思いながら観ていた。この「責任」を感じなければいけない立場の登場人物は三人いて、それぞれが全く違う行動を選択するのが人間っぽくて面白い。
逆に、マックイーンを中心に、消防士たちはまごうことなき「ヒーロー」として描かれている。その分、実録ものっぽい雰囲気すら出ているのも、こちらはこちらで面白い。
ガス爆発で吹っ飛ぶ階段をアクロバティックに降りたり、カップルが火だるまになったり、エレベーターから炎に包まれた女性が落下したりと、スペクタクル映像の迫力には事欠かない。これ、実際に火を着けて撮影したっつうんだからすげえ時代だ。今では絶対できねえよな、これは、トム・クルーズ以外には…って思いました。
『ダイ・ハード』との比較で言うと、もう直系で影響受けてる、という以上に、これを下敷きにして「もっと面白くするには」と考えたアップ グレード版なんだろうなーと想像。これにテロリストを加えたら、そら面白くなりますよ。
ねぎとサーモンのパスタを作ってたらふく食べた昼。なんか全体的に力入らず、本を読みながらダラダラと過ごす。風は涼しくて良い気温。
一昨日観た『シャーリィ』の余韻が残るうちに、U-Nextで『ずっとお城で暮らしてる』を観る。シャーリィ・ジャクスンの名を意識したのは、この原作を読んでからだったと記憶している(『たたり』とかも知っていたけど、読んではいなかった)。俳優も良いし、映像も演出も悪くないが、なかなかドライブしないのは脚本が原作の良さを殺しているからだろう、と推測。淡々と事実だけが語られているように見えるが、この原作にその客観性はあまりそぐわないように見えた。フーダニット的な側面を強調してしまったのか。『くじ』などにも共通する、「大衆」の暴力性が表出してしまう瞬間は良い感じだった。
屋敷の雰囲気も、毒殺 されてしまった父の姿も、『シャーリィ』におけるシャーリィとその夫の生活を想起してしまうほど近接している。
DOMMUNEで佐々木敦さんの還暦パーティーを終盤にちらっと観る。Farmers Manualの曲が流れ、あまりのキレに持っていかれる。素晴らしい。90年代から00年代、ああいった前衛的で刺激的な音楽が夜な夜な流れていた東京。佐々木さんのHeadz主催のイベントとか、可能な限り通っていたのを思い出した。そう言えば、Farmers Manualも、恵比寿みるくで観たぞ。もしかしたらHeadz主催だったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない、記憶があやふや。ともあれ、佐々木敦さん〜Headzは間違いなく、今の俺の文化的土台を作ってくれた人たちで、そのおかげで人生が豊かになった。還暦おめでとうございます!
ひどく疲れてしまって、寝落ちしてた。吉祥寺の日。むすこを送り出したら、妻と星乃珈琲店でお茶してから、ユニクロでむすこのパジャマを買い、ジュンク堂で佐藤究の著作とシャーリィ・ジャクスン『絞首人』を買う。後者は昨日の映画『シャーリィ』で執筆の過程が描かれた作品。
下北沢でテクノエレガンス。ジーニアスにはヴァーチャルボーイズとしてエイプリルズ今井くんが出演してた。なんか素晴らしかった。素晴らしい完成度だなーと思って、感慨にふけった。あと、ダンサーとして出てた森谷さんにも、感銘を受け る。職業ダンサーの人じゃないのに、80点ぐらいのダンスしてて、向上心もあるという。下手な人がダンスしてヘラヘラしてる雰囲気とは一線を画していた。
帰宅して『三茶のポルターガイスト』と『サラダデイズ』を観る。前者は、例の横澤ビルを徹底検証するドキュメンタリーで、こちらが望んでいたことを全部やってくれた上で、期待以上の超常現象に見舞われ、挙句の果てに心の交流まで生まれるという、見たこともない傑作だった。前半がだるすぎてやってしまったかな…と不安になるのを我慢してよかった。
DCハードコアシーンを描いた『サラダデイズ』。個人的にはきちんと網羅的に見れていなかったところなので、ざっくり概要が分かって良かった。Fugazi、Minor Threatみたいなイアン・マッケイ周りや、Bad Brainsなどの有名バンドは好きだが、Void、Faith、Beafeater、Gray Matterのようなバンドも良さそうで、これから聞くのが楽しみ。