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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』/崩壊していく内なる世界をつなぎとめるもの
2023-03-12 15:24
黒い線が円を描く。ブラックホール。コインランドリーに並ぶドラム式洗濯機。不機嫌そうなボールペンの軌跡が領収書に描く円。薄暗い部屋でカラオケを楽しむ家族を映す丸い鏡(母が口を塞ぐが、それでも歌い続ける娘)。そして炭化したように見える漆黒のベーグル。全てを吸い込んでしまいそうなその小...
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マーティン・マクドナー『イニシェリン島の精霊』/嫌われの螺旋階段は永遠に続くのか
2023-02-23 05:30
親友が口を利いてくれない。大混乱の末になんとかして理由を問いただすと「特に何かされたわけではない」。ただただ「退屈だ」と。思索と音楽の人である親友コルム(ブレンダン・グリーソン)は、ロバの話を2時間聞かされる代わりに、曲を作りたいという高邁の人。だが、主人公パードリック(コリン・...
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Pavement Japan Tour 2023@TOKYO DOME CITY HALL
2023-02-15 18:02
グルーヴって、若い時に聴いていた音楽によって、身体の中に結ばれるのだな。10年ぶりに来日したPavementが1stアルバムの名曲「In The Mouth A Desert」を演奏し、身体を揺らしていた時に恍惚とそう思った。ダマのような音塊。墓を掘り起こすような寂寞と死んだ言葉...
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『ナイブズ・アウト:グラスオニオン』/段取り良すぎ系ミステリー
2023-01-14 18:06
一言話しただけでネタバレに直結しそうな、まさに新型燃料のような危険物なので物語には一切触れない。「確かに面白いが、色々難あり」だった前作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』の100倍は良かった。勝因はシンプルに脚本。まさに「玉ねぎ」のように何重にも階層化された時系列ミステリ...
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『このテープもってないですか?』
2023-01-03 17:28
大森時生さん(『Raiken Nippon Hair』『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』)関連の新作ってことで大期待して鑑賞。めちゃくちゃ面白い。面白いけど、全く解らない。いや、解る必要はない、必要なのは理解ではなく、体験。ただただ不気味な30分×三夜。事前知識はなければないだけ楽...
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ミシェル・フランコ『ニューオーダー』/風刺の底に淀むポエジー
2022-12-30 14:44
暴力革命が成し遂げるのは、平等や平和ではなく、次の抑圧である。円環が見事に閉じる結末に、思わず声が出た。ミシェル・フランコの新作は、ディストピアSFの皮をまとった風刺映画。メキシコで軍部を中心とした革命が起こるが、金持ちから末端の人間まで、何が起こったのかを正確に知る術を持たない...
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フィル・ティペット『マッドゴッド』
2022-12-30 13:15
原始、土塊に命を吹き込むのは神の仕事だったのだから、「アニメーター」とはまさに「神」であるに違いないというのは単純な一次方程式であるが、ことにその変数xに入るのがかのフィル・ティペットなのだとしたら、それは正しく「マッドゴッド」と呼称せざるを得ないだろうな、『スターウォーズ』のチ...
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M-1グランプリ2022 準々決勝
2022-12-16 18:51
ご存知の通り、準々決勝のネタ動画は、勝ち上がれなかった組のものしかアップされない。なので必然的に、決勝・準決勝進出者のネタより少し劣るものだけが上がっているはずなんだけど、まあ色褪せないよね。遜色ない。この全体的な漫才のクオリティは尋常じゃないので、近い将来、どこかで頭打ちが来る...
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アレックス・ガーランド『MEN』(ネタバレ)
2022-12-10 15:16
「夫を目の前で失った傷心を癒やすため、主人公ハーパー(ジェシー・バックリー)が訪れた風光明媚な小さな村の住民が、みんな同じ顔だった…」というあらすじに惹かれて観たものの、では結局なんだったのか、と鑑賞後に問われると、言葉に詰まる所があるアレックス・ガーランド監督最新作。『エクス・...
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クリスティ・プイウ『ラザレスク氏の最期』/たらい回し医療の地獄
2022-12-06 11:36
腹痛と、それ以上の頭痛を電話越しに訴えるラザレスク氏。「腸の潰瘍だと思う…」という過去の手術がもたらす憶測が、頭痛を過小評価させる。見るからに埃と垢に塗れた小さなアパートで老齢の一人暮らし。娘はカナダに暮らし、親戚は遠くに住む姉一人。ラベルの剥がされた汚いペットボトルが至るところ...
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M-1グランプリ2022 三回戦
2022-12-05 15:11
今年も無事、三回戦動画を全部見終えたので、個人的にあんま知らなかったり、周りで評判聞かないな…って思ったコンビの動画について、書き残しておきます。ご承知の通り、お笑いの好みってあまりにも多様過ぎるのでドンピシャで参考になるというは低い…という前提の上で、気になったら消される前に観...
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ヨルゴス・ランティモス『アルプス』
2022-11-28 15:36
カメラに背を向けた主人公が前進する直前、ちょうど一息分ぐらい。スッと間を置いてから時が動き出す。ヨルゴス・ランティモス監督作『アルプス』。謎のグループ「アルプス」に所属するメアリーが、現実との境を見失う(メアリーを演じるのは『籠の中の乙女』『ロブスター』のAngeliki Pap...
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『ミス・バイオレンス』/命との距離の描き方
2022-11-14 17:01
11歳の誕生日を迎えた少女アンゲリキは、祖父母と母エレニ、兄妹達との誕生日パーティーの真っ最中に、うっすらと笑みを浮かべたまま、バルコニーから身を投げる。彼女の死によって児童福祉局から目をつけられた家族。子どもや孫たちを奪われてしまわぬよう、祖父は手を尽くすが、極めて抑圧的な彼の...
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アティナ・ラヒル・ツァンガリ『アッテンバーグ』/骸となった街で
2022-11-12 18:27
空想と現実の間には、ぼんやりとしてはいるが、境界線のようなものが確かにある。そして、たびたびその境界線は、いつの間にか現実に蝕まれている。冒頭で映し出される、主人公マリーナと親友ベラによる女性同士の濃厚なキス。実際には経験豊富なベラによる「レッスン」であり、性的な興奮や熱は一切感...
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コゴナダ『アフター・ヤン』/やがて訪れる決定的な不具合に向けて
2022-11-12 13:52
公式サイトに引用された「まるで小津安二郎監督が、アメリカのSF映画を作ったかのような味わい」というハリウッド・リポーターの評が的を射ている。『コロンバス』コゴナダ監督の最新作。絶妙な近未来設定や、舞台装置(金魚鉢型の手提げバッグとか、微妙に現代とズレた服装センスとか)は、同じA2...
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アンドリュー・ブジャルスキー『Funny Ha Ha』/流されて生きる俺たちの、見えない壁としての社会
2022-11-02 17:39
「マンブルコアのゴッドファーザー」ことアンドリュー・ブジャルスキーによる、マンブルコア最初期の伝説的な一本。公式に買えるVimeoの動画だと字幕もないので躊躇していたんだけど、もごもごすぎてネイティブでも聞き取れないぐらいらしいから、もうこりゃ無理だと思って英語わからないなりに観...
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Arrrepentimiento - Rewind the Sun
2022-09-11 16:02
「太陽を巻き戻せ」。独りごちたそばから、擬態した誇大妄想の種がポロポロと零れ落ちる。晩夏の部屋に一人、夕日が朝日に変わり、僕の時間は所在なさげに壁奥隅に小さく固まっている。Arrrepentimientoのシングル「Rewind the Sun」が配信開始になりました。ぜひ聴いて...
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Netflix『呪詛』/収奪された記憶を巡る抵抗の記録【ネタバレ考察】
2022-08-06 04:02
6〜7年ぐらい前、沖縄の小さな離島で、観光地からちょっと離れたところにある小路を進んだところ、不思議な空間に入り込んでしまったことがある。不揃いな石が数個ずつまとめられた「塔」が、ぐるり並べられていたその光景に、誰かが(俺かもしれない)「入ってはダメな予感がする…」と呟くと、皆同...
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バーバラ・ローデン『WANDA』/主体を取り戻す獣
2022-07-16 18:43
猛り狂う雑踏。漂白されていないノイズが、70年代の街の空気を煮出す。画素の粗い16mmフィルムの質感。役者は揃いも揃ってほぼほぼ大根。いかにも典型的なBフィルムの風情で、だからこそ、型の定着しない魅力に溢れている。早逝した映画作家バーバラ・ローデンによる1970年の伝説的な作品で...
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『マルケータ・ラザロヴァー』/白黒のキャンバスに像を結ぶ野蛮なリアリズム
2022-07-11 17:39
雪の舞う極寒の地を往く伯爵一行が、物も言えぬ白痴に見える片腕の男とすれ違うと、やおらスリングを取り出したその男の奇襲に遭い、伯爵の息子クリスティアンとその従者が捕らえられてしまう。略奪者であるコズリーク一家。彼らを捕らえんと復讐に燃えるビヴォ隊長をはじめとする王の部下たち。そして...
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ジョセフ・コシンスキー『トップガン マーヴェリック』/ロッキーを見習って欲しい
2022-06-11 12:53
大ヒットおめでとうございます。多くの映画ファンを敵に回すような感想で恐縮なんだけど、個人的には全く合わなかった。マーヴェリックの成長しなさを「なんとなく」肯定してしまったように見える前作の体育会系ノリが心底合わなかったので、その直感に従って、観るの止めればよかった。大変落ち込みま...
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青山真治『EUREKA/ユリイカ』/円環と失われた声を求めて
2022-06-06 17:02
青山真治さんが亡くなるという悲しい出来事がきっかけで、あの『ユリイカ』を映画館で観る機会を得た。2000年代初頭の東京(周辺)で20代を過ごした皆さん同様、僕らも少なからずジム・オルーク狂だったので、『ユリイカ』を観ることは当然必須であった。にも関わらず、(僕だけが)未見のままこ...
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ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』/諧謔と皮肉に満ちたコメディの全方位砲火
2022-06-05 16:39
真摯な批評の断片が積み重っているだけなのに、ここまで圧縮して出力すると、途端に悪意の塊としてしか捉えられなくなる。容赦も忖度もなく、雪崩のように襲いかかってくる批評が、そのスピードと濃度故にコメディに見えてくるような現象。ルーマニアの映画監督ラドゥ・ジュデによる最新作。自身の性行...
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Yegor Letov
2022-05-10 15:33
『インフル病みのペトロフ家』があまりに良い、特に音楽が、というか、この映画自体がほぼ音楽である…という思いから、サウンドトラックを漁っていて出くわしたイゴール・レトフ。『LETO』におけるKinoも、日本ではあまり知られていないポスト・パンクバンドを知るきっかけになったが、『イン...
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キリル・セレブレニコフ『インフル病みのペトロフ家』/超現実が背骨を持ったら
2022-05-09 17:25
試しに一旦、この混沌とした物語の説明を試みたい。インフルエンザに罹っている主人公ペトロフが、激しく咳き込みながらトロリーバスで移動している。途中、政治家を射殺するミッションに参加させられたり、文字通りの「高熱の時に見る悪夢」のように脈絡のない展開に、自分まで罹患したような心もとな...
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マイク・ミルズ『カモン カモン』/僕たちの関係に録音がもたらす「永遠性」
2022-05-07 16:59
母を亡くして以来関係がギクシャクしていた妹に連絡を取ると、音楽家である彼女の夫が過度のプレッシャーに神経をやられていて、彼の世話をするために息子のジェシーを一時的に誰かに預けなければいけないと言う。ラジオ番組のスタッフとして働く主人公ジョニー(ホアキン・フェニックス)は、ちょっと...
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ディノチェンゾ兄弟『アメリカ・ラティーナ』/噛み合わない歯車が誘う狂った世界
2022-04-30 16:03
美しい妻と二人の娘を持つ歯科医のマッシモは、自宅の地下室で見てはいけないあるものを発見する。「やったのは誰なのか」というフーダニットと、「狂っているのは世界か俺か」というボーダーラインミステリーが並走し、マッシモの心を蝕んでいく。一度観ておきたいと思っていたディノチェンゾ兄弟監督...
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「淫らな目線」についての物語/ジャック・オディアール『パリ13区』
2022-04-22 17:39
「目線」、それも(劇中で言うように)「淫らな目線」についての物語。四人の男女が、「恋愛」とか「セックスそのもの」を中心に車座で囲み、それらとどのように距離を取るべきなのか逡巡し続ける。あるものは極端に積極的で、あるものは色々な事情から消極的であるが、これは俺の周りにも思い当たる人...
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男と鋼と女と/ジュリア・デュクルノー『TITANE/チタン』
2022-04-01 20:30
ここまで異常な映画を観たのは初めてかもしれない。かなりの覚悟を胸に深夜の映画館に向かったのに、こんな事態になってしまって困惑している。かつて観たことがないだけではなく、ジュリア・デュクルノー以外の作り手がこんな映画を撮ることは、これからもないだろう。カンヌ国際映画祭でパルム・ドー...