他人にやさしく、思いありのある社会で子育てをしたい - 昨日の風はどんなのだっけ?

入学金未納の生徒を入学式に出席させなかった件から派生したWEB言論に関する長文エントリ。教育と社会を考える一つの端緒として必読です。

こういった場合、子供は一方的に被害者であって、その子供を救済できるシステムを社会は構築していかなければならないし、それが例え「払えるのに払わない駄目な親」の子供であっても(というかそうであるなら尚更)救済されなければならない問題ですよね。そこが、もの凄く短絡的に「断罪されるべき!」という意見に塗りつぶされているのが一つの問題だと思います。

でも一方で、僕も「でもお金払っていないなら仕方ないよね」という別の短絡的な考え方でいたので、以下の引用部には凄く唸らされました。

こういう話をしていると必ず出てくるのは、「真面目に払っている人が損」という種類の声です。これは一見正論のようだし、これに対する反論は偽善的なヒューマニズムでしかない、という風に捉える人は多いかも知れない。でもそれは違う、払えない親や、払わない親の子供を教育現場から投げ出す事は、社会的に見て損だから、それは社会全体が大きなリスクを抱える事になることであり、遠回しに大きなコストを社会が抱えて損する事を、社会の構成員全体で防がなくてはいけないし、その為のコストは払うべきなんです。

脱法者が責められて済む問題ではなく、でも今回出席を認めなかった教育者(法)だけが責められる問題でもなく、社会の在り方がその脱法の陰で泣く一方的な被害者たる子供を救えるようなシステムである必要があるのだろうと思います。

親に責任とらすためにも、お金の回収は厳しくキッチリと専門家にやらせたほうがいい。これは教育問題じゃないよ。行政の問題。先生に話を押し付けちゃダメだし、子どもに責任をとらせちゃダメ。成年になるまでは保護者の責任。子どもにツケをまわさないやり方にしませう。
http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080417/p5

それとは別のフェーズで、以前のラボさんのエントリにあるような、過剰報道による横やりが、事態をややこしくしていて、これもまた酷く僕を萎えさせるんです。報道した方がいいのか否かは別として、凄く一義的な見方で現場を断罪していくのって、ここ十年ぐらいの社会を疲弊させている気がするのですが、この辺まとめきれないので、いつか良いエントリにきっかけ貰って考えてみたいです。

http://d.hatena.ne.jp/toronei/20080417/A

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