YouTube - 光市母子殺人事件 記者会見にて

判決が出てから、大分色んなブログを見て、色々と考えをまとめていたのですが、色んなモヤモヤが溜まって不快になってきたのでポスト。この映像は、本村さんの頭の良さと忍耐力がよく判る。(例のテレビ朝日の記者の質問に関しては、取りようによっては酷いけど、テレ朝に対する紋切型の批判の対象としてはちょっと違うかなと思っていますが)

http://d.hatena.ne.jp/toronei/20080422/F

今回の判決に関して言いたい事は、全部ここにあったので、実はこの時点ではブクマだけして終了しようと思っていたのですが。

正義は守られたけど、むなしさは残る。
この裁判の判決は、あなた達にとってこれは敗北だったかも知れないけど、僕たちにとってこれは少なくとも勝利ではない。

僕が以前この件に関して書いた時は、弁護団擁護派の批判するような「感情的なフェイズ」に入っていたと思うし、今枝弁護士の解任の件やブログの記事、橋下現大阪府知事の問題とかを通して同じように自省した人は多かったんじゃないかなと思います。

「感情としては解せないけど、弁護士の義務/弁護士の仕事とは、こういうものなのだ」という理解に達してから、この事件の見え方が変わってきたように感じます。

「卑劣な犯罪者にも弁護を受ける資格がある」という話と「弁護士・弁護団はどんな卑劣なやり方で弁護しても構わない」ということを、一緒にして話をしたがる人たちを、僕は牽制しておきたいです

ここまで扇情的な言い方ではなくても、ステートメントとしては非常に共感できる意見です。

僕は自分の身内にこういった事件の被害者が出たときに、ここまでの労力をかけて戦うことは出来るかも知れないけど、あそこまで冷静に戦う事は出来ないと思う
この人はおそらく人一人を自分が死刑に追い込んだ事を一生背負っていく

本村さん評として、簡潔にまとまっていると思うのですが、例えば本村さんを「死刑推進派」の先導者として捉えるむきや、ある種のイデオロギーを背負って活動している人と捉えるような意見を散見するんですが、まずそんな白か黒かのパワーゲームで全てが片付くぐらい死刑問題と言うのは簡単な問題ではないと思うし、そもそも本村さん自身が死刑制度について渡米までして深く調べているということに対する敬意を全く欠いていると思っています。

http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20080423/12...

−−これまでも今回も、会見では努めて感情をおさえているようだが
「そう思って臨んでいます。人間は当然感情的になることもあるが、被害者支援や刑事裁判の問題をもっと冷静に、理屈で考えてもらわないと意味がないと思いますから」(本村さんの発言)

我々は、妻子を殺害された被害者(法律用語使ってるわけじゃねえんだから、被害者で良いと思うんです)から、未だに学ばせてもらっているわけです。それが例え「死刑と犯罪被害者」について自分の頭の中でこねくり回すだけだとしても。

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20080423/1208...

http://sekakata.exblog.jp/7033468/

自分の勉強不足はとりあえず置いておいても、こういう意見は「理解」は出来るのだが、「共感」は出来ないなあと感じます。

果たして、「最高裁判所が大衆の攻撃に恐れをなして」「判決を差し戻し」たのか。

果たして「警察・検察が恣意的に筋書きを練り、裁判がそれに沿って進められ、それに異を唱えることが“反省していない証拠”で、“真実を語っていない”」とは、誰が言ったのか?「反省してない証拠」は、「異を唱えた」ことに対して見いだされたのか?

「もし犯人が「少年」でなく「暴力団員」だったら、ここまで世論は高まっただろうか?メディアは報道しただろうか」。世論も高まらないけど、普通に死刑じゃないのか?議論の前提が違わないだろうか?

それより何より、もの凄い高見から机上の空論を繰るセンスと態度には、何の意味があるんだろうか、と思ってしまうのです。

こんだけ書いて、まだモヤモヤしてるからね。俺。

最後、感情的なことこの上ないけど、あえて貼っておきます。俺は(本当にごめんね、叡智の見本たる皆さんの前でこんな態度を示すのは本当にみっともないほど感情的なんだけど)自分の将来の妻や、その妻との子供がこんな目に遭わされて、それでも生きて行かなければならない、しかも戦って行かなければならない状況を想像しただけで涙が出てきます。

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/5128219...

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