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バーバラ・ローデン『WANDA』/主体を取り戻す獣

猛り狂う雑踏。漂白されていないノイズが、70年代の街の空気を煮出す。画素の粗い16mmフィルムの質感。役者は揃いも揃ってほぼほぼ大根。いかにも典型的なBフィルムの風情で、だからこそ、型の定着しない魅力に溢れている。早逝した映画作家バーバラ・ローデンによる1970年の伝説的な作品である本作。なるほど、その後のアメリカンインディーズ映画に与えた影響、特にジャームッシュやハル・ハートリーなどが直接的・間接的に受けた影響は計り知れないだろう。個人的には、カサヴェテス『こわれゆく女』(74年)を連想させる大傑作だと感じた。

バーバラ・ローデンの演じる主人公ワンダは、子供をほったらかし、家事もせず、酒を飲んでは寝てばかり。あまりの怠惰な態度に愛想を尽かした亭主との離婚調停にも、炭鉱町をチンタラ歩いて向かおうとするものだから大遅刻。道すがら、知り合いのしょぼくれた爺さんにすら金をせびる彼女は、他人への無条件での依存姿勢を清々しいまでに隠そうともしない。カーラーつけっぱなしのボサボサ頭のまま、賃金の取り立てに週2働いたっきりの裁縫工場に出かけると、税金の計算も出来ていなかった彼女は、結局文無し。破綻した結婚生活を改善するつもりも毛頭ないので、離婚についても何の異議も執着もなく、親権も無条件で手放すと、かくして獣は街に放たれる。

まるで白痴。男を乗り換えては棄てられ、主体性のない旅を続けるワンダは、偶然入店したバーで今まさに強盗を働いていた男デニスと出会う。犯罪者であるが故に彼女を必要としたデニスと、今まで同様なんとなく行動を共にすることになり、二人の旅は始まる。ハンバーガーに玉ねぎが入っていたと文句を言ってはキレ、他の男と話していたと言ってはキレて殴打するデニス。彼に利用されているワンダだが、そんな状況に疑問を感じることもなく、むしろ構ってもらえることに喜びすら覚えている。いつもの思考停止に身を委ねるワンダ。どこかに向かうようでどこにも向かっていない、この螺旋階段のような状況が全編を貫き、その無限の地獄が終盤にかけて加速していくことになる。

犯罪に加担しながらも、彼を「デニスさん」と呼び続け、旅を続けるワンダ。煮詰まった逃亡生活が行き着く先、雑踏の中で彼女はどこまでも埋まらない二人の悲壮な距離感を痛切に意識する。獣が主体を取り戻した瞬間。「男たち」の隣に座り、添え物として生きる以外の選択肢を持たない種類の「女たち」の中にいて、もう彼女は気づいてしまっていた。自分が煉獄の炎にゆっくりと炙られ続けていることに。

しかし、彼女にできるのは、むっつりとサンドイッチを食べ、酒を飲み、タバコを吸うことだけだったのである。

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