「秋葉原通り魔」の件で改めて感じる、無邪気の恐ろしさ

心から吐き気と嫌悪感がこみ上げてくる、凄惨な事件。未だ治療中の方々の回復と、亡くなった方の方々のご冥福をお祈りするのと同時に、理不尽な殺人事件の被害に遭う可能性なんてそんなに低くなかったんだなと、改めて考えさせられてしまいました。

痛いニュース

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/113...

GIGAZINE

http://gigazine.net/index.php?/news/comments...

MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/08060...

特にこの凶行再現記事が詳細で、その場の混乱と緊張感が伝わってきます。最後、おとなしく逮捕されたという報道もあったけど、実際は警棒を持った警官とのやりとりがあったようですね(写真)。

スポニチ

http://210.173.172.60/society/flash/KFullFla...

犠牲に遭われた方々。

秋葉原通り魔事件 現場に居合わせた者の主観的記録 

http://bokukoui.exblog.jp/8328490

秋葉原で古澤書記長が通り魔に会う

http://d.hatena.ne.jp/furukatsu/20080608/121...

場所柄、絶対に出てくるだろうと思った、遭遇者のレポート。本当に一歩間違えば自分の被害者だったのにも関わらず、ちょっとまだ現実感が無かったり、その真逆だったり、人の心って一筋縄ではいきませんね。丁寧なレポートです。

あと、やはりこの手の事件が起こった時に出てくる「マスゴミ」批判が、ぐるっと裏返ってネット側に突きつけられたのが印象的でした。

秋葉原刺殺事件に遭遇して

http://recently.sakura.ne.jp/wp/?p=41

モバイルブロードバンド時代の報道

http://pastorale.jpn.org/2008-06-08-1.html

事件現場をustreamで中継した人のブログと、それを擁護する意見。後者は「報道」と題されているのが実に印象的。

そもそもニュースセンター9時(筆者中略)がニュースを娯楽として扱う手法を開発したときから、ニュース、特に映像を伴ったニュースというものは娯楽であって、他人の幸福や不幸を楽しむ番組であったし、不謹慎なものであったし、また、報道というものの純粋な価値を考える上でも、不謹慎だから報道をやめろ、という言説はいくらなんでもねーよ、と言わざるを得ないと思う。

今後もこの件周辺で議論が活発になっていくことが予想されるので、定点観測していきたいが、「報道なんて娯楽」というニヒリスティックな開き直り、そして「楽しいから撮る」という邪気の無さが、果たして日頃「マスゴミ」と揶揄する大マスコミの言い訳として成立するのか。僕は僕なりの考えがあるんですが、とにかくちょっと見守りたいです。

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