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カレ・ブラン

人が人を支配する社会構造が過剰に発達した時、何らかの新しいヒエラルキーが生まれ、差別されるものと差別するもの、搾取されるものと搾取するものが生まれる。そうしたディストピアを描いた映画を、今年二本観た。一つはクローネンバーグの息子が撮った『アンチヴァイラル』、そしてもう一つがこの『カレ・ブラン』。どちらも新人監督の第一作目、そして、これが肝心だが、どちらも素晴らしかった。

新奇なガジェット、不気味なイメージで、父親譲りの才気を発揮した『アンチヴァイラル』に比べて、ジャン=バティスト・レオネッティという新人監督(有名監督の二世でもなく!)の処女作は派手なCGもガジェットもなく、いかにも地味だ。しかし、ハネケの傑作『タイム・オブ・ザ・ウルフ』を思い出そう。いかにもSF的な装置があろうとなかろうと、SF的な状況は表現できると、この作品は教えてくれる。『カレ・ブラン』も同様だ。

高度に均質化された資本主義社会において、人は無機質でミニマルな外観の集合住宅に住み、「社会」に迎合して生きていく必要があった。そうでなければ「家畜」として、食肉加工されて食卓にあがったり、慰み者としていたぶられ、殺されてしまったりするそんな世界。必ずしも荒唐無稽と笑い飛ばせるようなチープな描写ではなく、資本主義社会が奇形的進化を遂げた結果の一可能性としてはギリギリリアリティのある未来。そんな未来に生きる人々を描いたのが『カレ・ブラン』である。

ほとんど写真なのではないかと思えるほどのフォトジェニック溢れる静謐なカットの数々、音楽らしい音楽が感情を鼓舞することはなく、ノイズと効果音、そして絶えず流れる館内放送のようなプロパガンダ。突き放したように精緻で神経症的な表現は、全編渡って徹底されており、その冷たさ故にフランス国内では精神的暴力映画(!)とみなされ、わずかな上映館でのみひっそりと上映されたという。

優れたディストピア映画は、現在と地続きな近未来を描くものであるが故に、表面的な面白さを超えた、現実と共有し得る何かを表現しなければならないのではないかと思う(そうでないとディストピアを描く意味が薄い)。前述の『アンチヴァイラル』も『カレ・ブラン』も、醜悪な未来を描いているようで、その実、「愛」を描いた映画であるのだが、『アンチヴァイラル』の「愛」が極めて特殊で異常な状況の「愛」であるのに比べ(興味深いでしょ?面白いから観た方がイイですよ)、『カレ・ブラン』の「愛」は、我々が当然感じ得る「愛」だ。その結果、一種異常な状況を描いた作品が、ある種のリアリティを獲得していて、これは本当に素晴らしい趣向だと思う。数年後が楽しみな新人監督は多いが、最初からこのレベルというのは(それなりにキャリアのある人とのことだが)本当に恐ろしい。2013年に観た新作映画第一位にこの映画をあげさせていただき、次回作を楽しみに待ちます。

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