Seed

ホーリーモーターズ

観なくてもいい何かって、ある。

つまり「あのカラックスが、遂に新作映画を撮った」と、誰かが声高に叫べば叫ぶほど、それを確認する意義は失われていく。だって、そのニュースが全てだったりすることは往々にしてあるから。騙され慣れしちゃってるところもあるしさ。
ということで、これまで熱心なカラックスマニアではなかった僕が、わざわざ映画館に足を運ぶ必要は無いだろう。映画館で予告編を観るまではそう考えていた。

予告編。皆が魅了されたインターミッションの演奏シーン、いくつかの印象的なカット(『汚れた血』でアレックスが疾走するあのシーンを彷彿とさせるシーン!)、そしてカイリー・ミノーグの歌う「Who were we?」の旋律。ただならぬものに直面する予感。それこそ「映画に出会う」喜びの最たるものでしょう?

実際、その予感は正しかった。予想は裏切られたにも関わらず。カラックス、ボケまくってた…。あと、観なくていいものなんてない。

「演じる」というアクションが内包するメタフィクション性、それすらも逆手に取ってリアリティを蹂躙する構造は、基本的にカラックスとドニ・ラヴァンという黄金コンビによる、ツッコミ無しのボケ倒しによって前進していく。資産家として登場したドニは、リムジンの中でメイク・衣装を変え、設定資料に軽く目を通してから次の現場へ向かう。時には浮浪者。時にはゴムのスーツに身を包んだモーションキャプチャーの役者として、CGとして謎の怪物を演じ(このシーンは、僕が観た映画史上、最もエロティックなシーンだと思う)、かと思うと娘を迎えに行く父親になったりする。リアリティラインは意図的にブレまくり、その都度観客は翻弄され、初見だと何が現実で何がフィクションなのか不確かだ。しかしこれだけは言える。面白い。

卑近に言えばモンティパイソンや松本人志、シュールコメディの系譜がここには息づいている。あのカラックスがですよ、自らの過去作をもネタに、観客を感情と現実感覚のジェットコースターに乗せて笑っているのだ。かつて『TOKYO』に出現した怪獣=メルドが、またしても伊福部昭のあの旋律に乗ってパリの街に混沌をもたらし、ファッションモデルをさらうシーンがボケじゃなくて何なのか。そこにはツッコミを入れるものは誰もおらず、居心地の悪いおかしみと、行き場のないふしぎだけが、ポツンと浮遊するのだ。

終盤でその不確かなリアリティにある揺さぶりがかかり、そしてあの「Who were we?」に心を掴まれるのであるが、やはり突き放したような「ボケ」に塗りつぶされるのだ。一体何が現実なのか、一体何が言いたいのか。さっぱりわからないまま、役者の一日は終わりを告げる…。

カラックスは変わった。その変化はある程度、必然であったように思えるし、初めからカラックスのフィルモグラフィーという生き物の脊髄にセットされた爆弾のようなものだったのかも。このホーリーモーターズという化け物は、いくつかの傑作を創り上げたカラックスの、長いブランクを以てしか生まれ得なかった自伝のようなものなのかもしれないし、もっと醒めた、映画というものについての客観的な視線なのかもしれない。答えはあなたと僕の会話の中にしかない。そう思わされる映画であるのと同時に、すべらない、ピエロとしてのカラックスが、得体のしれない主題を、猛スピードでボケ倒すことでエンターテイメントとして仕立て上げた巨大な「嘘」なのかもしれない。そんな映画ありますか?

大量の「かもしれない」溢れるレビューに辟易としながら、唯一断言できること。僕にとってこれは、今年観なくてはいけなかった映画だった。2013年に観た新作映画第二位に、この映画をあげさせていただきます。

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