ネオン・デーモン

だれかレフンを叱らなければならない。それは申し訳ないけど俺達ではなく、もっとエラーい誰かにお願いしたい(もちろん、ホドロフスキーは適任じゃない)。今回はオープニングから「NWR」のロゴも輝いている。自信満々である。怖いものなどないのだろう。

エル・ファニング演じる主人公が、ハリウッドのきらびやかなモデル業界に飛び込む。観客が彼女の決意とか意思を理解する間もなく、さも「そこには、当然居場所が、ある」的な雰囲気で、彼女はあっという間に業界をのし上がっていく。あまりに突拍子もなく驚いてしまうのは、彼女が何かを成し得たのではなく、彼女は自分が成し得ると「知っている」ところだ。その天然の才に、周囲の登場人物たちは振り回され、疲れた順に舞台から退場していく。一人の天然が、周囲の人生を無自覚に狂わす感じが、『テオレマ』を思わせる。彼女は使者なのだ、おそらく「美」の。

重い枷を背負わされた幼い彼女の「不安」や「期待」は、彼女の言葉や行動に示されるのでなく、単に客観視可能な事象として立ち上がってくる。山猫の襲来しかり、ランウェイの先で出会うドッペルゲンガーしかり、アパートのオーナーによる性暴力の不安しかり(キアヌ・リーブスの贅沢使い…と最初は思ったが、あれはかなり重要な役ですよ…)。

オープニングでスタッフクレジットの背景を彩る色彩。エンドロールでキラキラ流れていくラメのような色彩(色彩についての言及は、webDICEの監督インタビューに詳しい。なんと色盲だそう)。オープニングとエンドロールが対になっており、オープニングは「主観」、エンドロールでは同じ風景が「客観」として出力される。終盤におけるあるショッキングな出来事からも、この映画では「視線」が非常に重要な意味を持っているのだと想像できる。主人公にとって、唯一現実世界との接点であったカメラマンと売れっ子ファッションデザイナーの「美醜問答」も、彼女たちが浴びる「視線」の問題に着地する。「視線」の暴力に対して怯まない主人公の表情が、がらんどうのデーモンのように見える

『ドライブ』や『オンリー・ゴッド』に引き続き、映像も音楽もやはり80sっぽいなーと思ってたら、Twitterのタイムラインで答え見つけた。ダリオ・アルジェント。リンチやクローネンバーグという線もあるけど、マルコ・フェレーリ『I Love You』とかハネケの80s作品にもテイストが似てて、これぞ「ヨーロッパの虚無」って感じなのかな、と勝手に思ってる。クリフ・マルティネス手がけるヴェイパーっぽい音像もツボ。そういう意味でもショックを通り越して笑ってしまうぐらい衝撃的だったのは、「クラブ」での「ショー」のシーン(子細は述べん。観るべし)。これは本当にショックで、ライアン・ゴズリング監督作『ロスト・リバー』の謎の(性的?)サービスに近いとんでもないイメージだった(あれも笑ったなー)。いきなりエル・ファニングに何観せてるんだーって思った。

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それはともかくとして、だ。だれかレフンを叱らなければならない。そして最終的には、誰かエライ人にきっちり絞られたにも関わらず、懲りずに今まで通り俺たちを煙に巻くレフンでいて欲しい。その時、「NWR」のロゴは、更に煌々と輝くだろうね。


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