セブンス・コンチネント

パルムドール受賞作「白いリボン」の公開を記念して、ヒューマントラストシネマ有楽町で開催されているミヒャエル・ハネケ特集上映。その中でも傑作と評判の高い「セブンス・コンチネント」を観た結果、呆然としたまま惚けて帰ってきました。みんな、あんな映画、どうやって処理してるんだろう…??以下、致命的なネタバレは回避していますが、気になる人は先入観無しに観て欲しい(ただし、退屈な作品である事だけは言っておくよ。その上で本当に凄い傑作だ、とも言う)。

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三人の平凡な家族が、その単調な生活の中で夢見た、オーストラリアという「楽園」への移住。彼らはその計画を、破壊的な方法で実現していこうとする。夫ゲオルグは、上司との軋轢に耐えながら、重役とのコネクションを作り出世していく。妻アンナは、母の死を弟と共に乗り越え、娘エヴァのエキセントリックな振る舞いに心を悩ませながら、しかし平凡な生活を続けている。そんな生活が、ほとんど原因らしい原因も見いだせぬまま、破壊的な衝動によって崩れさる瞬間を描いた作品。

1987、1988、1989年の各年のある一日がピックアップされる三部構成の本作。延々と続く冒頭の洗車シーン(低く鳴るノイズが印象的だ)や、ちょっと必要性の感じられない食事シーンの長回し等、被写体から一定の距離を保ったままの冷めた視線が支配する信じられない程退屈な時間が最初の二年は続く。そして最後の一年、その「退屈」が崩壊するその瞬間、一気に思考の迷宮に突き落とされるような感覚に囚われてしまう。これこそが、この監督の作品の魅力的なところである。

僕はハネケ映画の特徴というのは「延々続く不可解/不快な情景の中、突如として監督から突きつけられるクエスチョン」言い換えるならば「お前の今のその感情、一体なんだと思う?」という構造にあると思っているのだが、その構造は劇場長編デビュー作である本作でも同様である。実話に基づいた本作では、そもそもセンセーショナルなその事件を知った国民、そしてハネケ監督自身に投げかけられたクエスチョンに、ある種の具体性を肉付けしていく事で再提示している、そんな作品であるように思える。

単調な日常からの脱出として行われる、凄惨な破壊劇…。その成立自体は心許なく不可解であるが、印象的に差し込まれる極端に下らないテレビの映像(ギャスパー・ノエ「カルネ」や、マルコ・フェレーリ「I Love You」を想起した)や、オーストラリアの(実に白々しい)イメージ映像が、家族にとって逃れ得る理想郷である一つの可能性を指摘したい。そしてその上で全てが虚無へと帰した後に訪れる、印象的なラストシーン。もしくは、エヴァの狂言や母アンネの職業(メガネ屋)から語られる「視力が奪われる事」についての恐怖も、「前を見て理想郷を思い描く事が出来なくなる恐怖」に結びついているのではないかと思う。

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「感情の氷河化三部作」とはよく言ったもので、単調でシステマチックな現代生活の中、人の心が空虚化=氷河化していく様が見事に描かれている本作は、決して娯楽として優れた作品とは言えないが、絶対に忘れる事の出来ない感情体験をもたらす問題作である事だけは断言出来る(出来の善し悪しこそあれ、ハネケ監督作ではこうした試みが常に行われている)。

何の感情も露にならない後半の破壊の中で、唯一娘が取り乱すあのシーン。そこに描かれているのは、生々しい生命と、(おそらく自らの)白々しい生命との接触点ではなかったのか。こうして思えば、ハネケ監督がずーっと作品に込めてきた感情は、「悪意」などではなく実のところ「突き放した優しさ」だったのかもしれない(とすると「ファニーゲーム」が描いたのは本物の「怒り」であり、それは虚像と現実の狭間を露にしていく作業であったのだろう)。

明日も上映があるみたいなので、興味のある方は是非。最新作「白いリボン」も観に行こうと、今から楽しみにしています。

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