Post

アレックス・ガーランド『MEN』(ネタバレ)

「夫を目の前で失った傷心を癒やすため、主人公ハーパー(ジェシー・バックリー)が訪れた風光明媚な小さな村の住民が、みんな同じ顔だった…」というあらすじに惹かれて観たものの、では結局なんだったのか、と鑑賞後に問われると、言葉に詰まる所があるアレックス・ガーランド監督最新作。『エクス・マキナ』でも『アナイアレイション』でも、この監督には「広げた風呂敷をわざわざ丁寧に畳まない」という印象があるので、まともに取り合うのが無粋っていう可能性も捨てきれないのだが、一縷の望みを込めてふわふわ疑問要素を紐解いてみる。以下、軽くネタバレ。

館もその庭も、見るたびに形を変える。どこからどこまでがハーパーの妄想だったのか、というのが最大の謎。始まりは割と明確に、カントリーサイドの朽ちた町並みを収めたスマホのカメラに、全裸の男が写り込んだところだと思う。ハーパーはその男を確認しようとピンチアウトするが、最大に拡大しても顔は判然とせず捉えられない。その後、登場する男性住人が全て、滞在する館の管理人ジェフリー(『ブラック・ミラー』伝説の第一話で大統領を演じたロリー・キニア)と同じ顔であることに観客は驚かされるが、ハーパー自身はそのことに反応を示すことも、ましてや驚くようなこともない。現に、友人のライリーとのビデオチャットにも、村の愚痴は出てきても、村人の顔の件が出てくることはなく、これは「住民がみな同じ顔であるということが主人公にとって驚くようなことではない」のか、「住人がみな同じ顔であるという出来事はそもそも発生していない」かのどちらかである。普通、住人がみんな同じ顔だったら、驚くよね。

実際、彼女の身に起こったのは「村外れの古いトンネルでハミングして楽しんでいたら、その奥から全裸の男がやってきて、後を付けられた(ピアノの演奏含め、主人公にとっての音楽は、安易に他人にひけらかしてはならない不可侵のもの)」ということ。そして、その「全裸の男」のぼんやりとした顔は、その直前に会った、善人ではあるが不躾でちょっと変わった「ザ・田舎者」である管理人の顔にすげ替えられる。それはそのまま、心を癒やすために田舎で休養を取るという自分の選択が間違っていたことを認めたくない主人公が、はっきりとは言葉に出来ないが感じているこの村への嫌悪感の表出として、やがて村の男全員の顔を上書きしていくことになる。

この「男」という表象はハーパーにとって重大な意味を持っている。彼女とその亡き夫に起こったことは、時系列をゆるやかに遡るような形で観客に明かされていくが、それは端的に彼女を一方的かつ暴力的に「加害者」として封印するという「地獄」である。カッコ付きの「被害者」である男が、その過剰にアンプリファイされた被害意識を浴びせ、挙げ句一方的に死んでしまうことで、残された者が加害者であるという責任から逃れられなくなるという地獄は、みんなのトラウマ『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でおなじみのやつ。それは言い換えれば、彼女と司祭の会話に現れる「苛まれる(haunt)」という言葉が含有する「呪い」である。

蔑みと、呪い。あの夜の出来事は、それらの帰着である。村のパブで警官から聞かされた全裸男の釈放が、彼女の田舎嫌悪のスイッチを押し、「禁断の果実」という刷り込みを受けたリンゴのイメージと相まって、柊の葉を当てた頭から木を生やした不気味な男が誕生する。トンネルの入り口に花を咲かせ、ふわふわと浮遊しながら森の「死」を飲み込んだ後に、ハーパーを包み込むタンポポの種。善意で訪れた(実際に訪れたのか、確証こそないものの)ジェフリーも「地獄」の使者としての顔を顕現させる。実際はまさに「カラスが飛び込んできて窓ガラスを割った」ぐらいの、本当に些細な出来事しか起こっていないはずなのに。

そして必見、悪夢のクライマックス。禁断の果実を食べたアダムが出産の連鎖の中で生み出すのは、彼女の攻撃によって腕を裂かれ、足首を折った「男」。その様態は、高層マンションの地面に叩きつけられ死にゆく夫の最期の姿そのものであるから、この悪夢の連鎖の先には当然、彼女にとって「恐怖の根源」たる夫がいる。この男性による出産のモチーフは、教会の中で出会う石像(「シーラ・ナ・ギグ」と呼ばれるらしい)のイメージに由来している。女性器を大きく広げるのか、はたまた男性器を誇示するのか。いくつにも分化したハーパーの意識の中で、彼女は石像を前に哄笑している。

しかし、悪夢のような連鎖出産の中途で、ハーパーの目が座り、半ば呆れたように男を背に館に入っていく。冒頭では女性である作者Lesley Duncanによって歌われていたのに、クライマックスでは男性であるElton Johnによって歌い継がれている『LOVE SONG』。「Love is the opening door. Love is what we came here for」。「愛」の所在を口にする夫の横で、斧を持ち諦めたように項垂れるハーパー。彼女は完全に我に返っていて、己を閉じ込めている「地獄」の正体に向き直っていたのだった。

館で起こった一連の恐怖が彼女の妄想であったことを証明するように、妨害されたはずのテキストメッセージを受け取ったのであろう友人ライリーが村にやってくる。今まで明かされていなかった彼女の妊婦姿が、実際にハーパーの心理に何をもたらしたのか、もたらしていたのかは明らかにはならない秘密である。この時点で、ハーパーにとって一種の悪夢となっているはずの「出産」。その彼女の姿を見て、男性性の終焉を意味する斧(ライリーとのビデオチャットを参照)を手にしたハーパーが穏やかな笑顔を浮かべる。この物語に、幸せな結末がもたらされたのか、我々は判断する術を持たない。

もっと読む