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『令和ロマンの娯楽がたり』を観たが、いまいちピンと来ず。お笑い業界の演者たちが、自分たちのことを自分たちで語り、外部からの声はかなり権威主義的にシャットアウトするやり口に対してぼんやりと感じていた不信感が、一年を通して決定的になってしまったのがデカそう。

加えて「みんなで正解を議論しよう」という建付けで求められている「俯瞰」と「客観視」の白々しさが、画面中の擬似的な熱狂と乖離して、浮き彫りになってしまっているように見える。生成AIが幅を利かせ始めたこの時代に、「正解」になんの意味があるのか。時流とか、ビジネスよりも、主観の大間違いに価値があるという、いつもの話。

MCATM

@mcatm