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仕事も上手くいったので、心置きなく休める日。朝から読書して、『Sifu』を少し進めてから、昼食にカルボナーラを作り(盛大に失敗した)、『ランジャタイのがんばれ地上波!』最新回を観て終了を惜しむ。コーヒーを淹れてから、Remixでログインフォームの作成を進め、新曲のアレンジを検討し、読書しながら昼寝。起きてすぐに映画を一本観てると、塾に行ってたむすこが帰ってきたので、夕食を取りながら『華大千鳥』の木梨憲武ゲスト回を観る。風呂から上がり、夕食後の一本は『フィッツカラルド』。途中で止めるつもりが面白すぎて最後まで観てしまったのだった。人生ベストクラスの傑作。


トビー・フーパー『悪魔の沼』を観た。赤飛びしているような凄まじいコントラストでおどろおどろしい映像、血みどろ描写、ワニ、など、如何にもスラッシャームービー然とした内容なんだけど、背景がしっかりしているので、脳天気なホラー映画では味わえないような不穏で不条理な感覚を覚える。そこがトビー・フーパーの凄いところなんだと思う。例えば、宿の主人が、縛り上げて身動きが取れない宿泊客に対して「名前は何だっけ?まあいいや、なんか書いとけばいいか。規則だからな」とつぶやくシーン。名前を軽く扱うことで、拉致被害者を非人間化してしまう描写を何気なく放り込むその手管が、名状しがたい不安に繋がっているのです。

劇中のセリフでは説明されないが、ジャッドは(おそらく戦争のトラウマを受けて)多重人格者である。夕暮れ時の赤い光を浴びて、ジャッドは狂気じみた行動を取るが、一通り凶行に及び辺りも暗くなってくると、身を潜めた凶悪な人格に変わって本来の「ジャッド」が後始末に奔走する。すると、ジャッドは自らが着けた部屋の明かりを一つ一つ消していく。一見なんでもないような場面でも、実は意味深いことを積み重ねていて、それがパッと見理解出来ずにいる結果、サイケデリックな表象に結実していくのだな、と感心して観ていた。あと、これ、電子変調させたギターとおぼしき楽器を使ってトビー・フーパー自身が手掛けた音楽も素晴らしかったです。

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