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ヴェルナー・ヘルツォーク『フィッツカラルド』/呼び名に横たわる植民地主義と共生

二日に分けて観るつもりが、あまりの面白さに止め時を見失い、一気に観終わってしまった。なんせ、船が山を登る。その有名なシーンに至るまで、ヘルツォークの語り口は退屈を感じさせることがない。アイルランド系の成り上がりで、オペラを愛するフィッツジェラルドは、アマゾン周辺の現地人には発音が難しいのか「フィッツカラルド」と呼ばれている。この主人公、発音を巡る問題から、「フィッツジェラルド」と「フィッツカラルド」2つの顔を内包している。社交界で成り上がりたい「フィッツジェラルド」は、念願であるオペラ座誘致のため、地元のゴム成金たちに蓄音機でオペラを聴かせるのだが、全く理解されず、奇人扱いされてしまう。一方、自宅でレコードの鑑賞会を開く「フィッツカラルド」の下には、地元の子どもたちと「豚」が今日も押し寄せている。

彼は地元の名士の仲間入りをすることで、オペラ座建設の夢を叶えようとする。そのためには、頓挫した鉄道誘致計画ではなく、儲けの少ない製氷事業でもなく、やはりゴムを扱うべきだろう、と。地図を睨んでうんうん熟考してひらめいたそのアイディアを実現すべく、娼館を経営する恋人モリーに資金提供してもらい、一艘の船と、土地を購入する。手に入れた土地には、よそ者を殺すという原住民がおり、また水路も流れが急で危険が伴う。が、オペラの夢を叶えるべく、フィッツカラルドは船員を雇い、意気揚々と出港する。

白髪に近い金髪、いつも変わらぬ白いスーツ、というフィッツカラルドの風貌はアマゾン川には異様に映る。白い船に、白い男が、アマゾン川を上流へと登っていく光景には、植民地主義的な横暴さが透けて見える。西洋社会の方を眼差した「フィッツジェラルド」の行動は、自身の夢の実現を、西洋社会での成功を下敷きとすることで志していく。なるほど、彼は地図を舐めるように眺め、川と川の間が狭くなっている部分に着目し、「奇想」を以てビジネス上の困難に立ち向かおうとする。しかし、その航路に横たわる文化や環境、歴史に思いを馳せることはなく、ただ大音量で暴力的にジャングルにオペラを流し続ける。

意思疎通の叶わぬ原住民との共同作業には、不穏さがつきまとっている。彼の純粋な夢に裏打ちされた不遜さが、この土地にどのように受け止められるのか。到底無理かと思われた無謀な挑戦が形になればなるほど、増大していく不穏さとそれを忘却していく心性が、途方もない旅の終着点へと彼らを誘うのである。

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