俺は、死ぬほど、Alex Ross Perryの『Pavements』が観たいので、日本の配給会社のみなさん、どうかよろしく!

MUBIに再加入するという手もありそうだが、どうしても日本語字幕で観たいんだ。Joe Keery演じるSMが、なんでロラパルーザで信じられないぐらい呂律回ってないのか知りたいんだ(カットされたっぽいけど)。
このサントラ、ここ数年のPavement関連の音源で一番興味深い。やっぱり編集感覚優れた人がやると違う。
https://pavement.bandcamp.com/album/pavements-original-motion-picture-soundtrack
Alex Ross PerryによるPavementの映画『Pavements』の公式予告編が出た。

…で、つまり、どういう映画…?このパイロット版(?)に当たる『Range Life: A Pavement Story』の予告観ると、ジョー・キーリーがSMのモノマネめちゃ上手いのを確認は出来るんですが。

Wikipedia観ると、劇中劇(?)『Slanted! Enchanted! A Pavement Musical』の概要が記してあって、それでより混乱。とにかく、Pavementファンとしても、日本ではあまりに紹介が足りていないAlex Ross Perryの新作公開を待ち望む者としても、日本公開希望。混乱したまま死んでいくのは嫌すぎる。
一向に終わる気配のない忙しさと暑さ。マジでへばってる。今日も歌詞トライして早く寝る。週末はリハと作戦会議なんすよね。

見たら4年前にアップされていたのをさっき知ったんだけど、Pavementのソングライティング過程を取材したオランダのテレビ番組。あの有名なスコットの「For Sale! The Preston School of Industry」が出来上がるまでのドキュメンタリーで大変興味深かった。スコットが持ってきたリフ(「ス コットはPavementのキース・リチャーズ」みたいなことを言うSM)に、最初はSMが歌を乗せるも「お前が歌ったほうがいいよ」とスコットに水を向ける。この曲、実はスコットのベストソングとすら思ってるんだけど、作り上げていく過程も面白いなと思った。スコットに歌わせておいて、下から睨みあげるような目線を送るSMがおもろい。全然他意はないんだろうけど、怖い。俺も10年前ぐらいは、こういうのを毎週やってたんだよね、毎週。
夜はNetflixで『獣の棲む家』。内戦のスーダンからイギリスに密入国した夫婦が、難民としてロンドンに充てがわれた家。前の住民が残した家具やゴミが散乱するも、命の危険があったところからこうして住居まで与えられた幸運を噛みしめる夫。
ここまで行くと「難民の受難もの」か、「家に取り憑いたおぞましいものが、住人の状況を勘案してくれない系ホラー」って思うじゃないすか。なんか全然雰囲気が違ってて、妻(『ロキ』や『ラブクラフト・カントリー』のウンミ・モサク)が夫を「ウソつき」と罵った辺りから雲行きが怪しくなってくる。
とは言え、絵面も凡庸だったり、登場人物たちが何を考えているのか良くわからない行動を繰り返すせいで、結構ねむかったのだが、終盤の切り返しとタネ明かしはなかなか盛り返してきた。あの視線の先には、相当な衝撃が配置されている必要がある、というところでしっかりと衝撃的な画を放り込んでくるぐらいの手腕は認められた。
Gary Young&Pavement『ラウダー・ザン・ユー・シンク』
ペイヴメント初代ドラマー「プラントマン」ことギャリー・ヤングと、主に初期ペイヴメントのドキュメンタリー映画。結構前から制作のことは報じられていたし、丁度去年のSXSWで上映されたことや、プロデューサーとしてスコットが尽力していることも見ていたので、可能だっ たら日本でも上映されないかな…と期待していたら、突然謎のタイミングでイメフォ一館での上映が決定。感謝しかない。この恩に報いるためには、初週に観る。その義務がある。
『ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』との副題を持つ本作なので、自然と話は「スコットとSMの幼馴染がギャリーのスタジオを訪れ、彼らから解雇されるまで」の数年間の物語がメインになる。20代のメンバーに40歳のドラマーが交じっているという「悪目立ち」は、当事から良くも悪くもペイヴメントというバンドの立ち位置を独特のものにしていたと思うが、更にそのドラムスタイル、ライブの度に野菜を配るなどの奇行、ドラッグに飲酒、演奏真っ最中の逆立ち、など、彼をある種の「伝説」に持ち上げた背景は思いつくだけでも大量にある。それを、「今だったら病名が付く」と言ってしまう弟の視座は、家族ならではの諦念に満ちていて、含みを感じずにはいられない。
僕らファンは、ギャリーが解雇された経緯を、複数のソースから想像し、自分たちなりの結論を組み立ててきた。納得させてきていた。個人的には、幼すぎて実際にギャリーの演奏を観ることは叶わなかったが、ドキュメンタリー『Slow Century』(今ならYouTubeで全編観れます)やブート、YouTubeなどにアップされた当事の映像を観れば、ギャリーが如何に機能しなくなっていたのかが簡単に分かる(決めのタイミングでドラマーが眼の前で逆立ちしているこ とに気づいた時のSMの顔よ)。だから、ミュージックビジネスの一つの大きな歯車としての「バンド」のことを考えれば、解雇という結論を飲み込むのはさほど難しくはない。
しかしながら、ギャリーの存在は、バンドが獲得した「いい加減さ」というチャームの象徴でもあった。だから、この解雇は、「いい加減さとの決別」を意味するようにも取れる、というところが問題だった。現に、この解雇とそれに伴うスティーブ・ウエストの加入で、バンドはタイトさとポピュラリティを獲得し、アルバムを出しツアーをする毎に、その演奏は堅牢さを増していった(それに伴って、スコットの覇気がどんどん失われていった話は別の話…だろう…)。『Crooked Rain』以降のバンドも大好きな我々にとって、その事自体が問題だったのではない。要は、彼らが今後の活動で何を大切にしていくのだろう、という不安が問題だったのである。1999年の解散を以てしても、解消されなかったその不安に、この映画は柔らかい光を当てた。
今まで、友達と安いスタジオで数曲録音しにきただけなのに、色々口出してきてしまいにはドラム叩き出したおっさんなんて、マジで煙たかっただろうな…と訝しく思っていた。だが、地元ストックトンのパンクシーンでの信頼が篤かったことや、ドラムの腕に一目置かれていたこと、何よりその楽しい性格を、少なくともボブやマーク、スコット、SMは心から親しみと敬意を覚えていたのだな、ということが分かった。それが前提としてあるから、スコットは事ある毎に「彼を深く傷つけた」と自戒する。ただ、ビジネスに背を向けてでもバン ドが大切にしたフェアネスが、今もギャリーとその奥さんに向けられているのを知って、俺は心が温まったし、大好きなバンドに失望させられなくて良かったと思った。
その後の「プラントマン」話や、成功がご破算になった話など、単純に「ロックスターの成功と挫折」を描いたドキュメンタリーとして観ても相当おもしろい。個人的には、Sonic Youthとのライブで、5000人のお客さんへの恒例野菜配りをサーストンだけが手伝ってくれた話とか、マイケル・スタイプ(R.E.M.)がチラッと出るボーナスタイムがあったり、「日本のローリング・ストーン」Rockin' Onに連載していた「親父にきけ!」について嬉しそうに語っていたりと、たまらない瞬間が多々あった。評論家が「ペイヴメント初期作でのノイズや低音質は計算で戦略」とかいい加減なこと言ってるなと思ったら、その直後にギャリーが完全否定していて溜飲が下がったりもした(SMはもうちょっと「計算もしてたよ」感出してたけど、結局よくわかってなかったよね、みたいな結論)。
「もうちょっと普通だったら…」。ギャリー自身が飲酒でダメにした「プラントマン」後の成功について、怒りを交えて吐露するHospitalのメンバー。だけど、もしそういうことを全部自分で対処できるような奴だったら…?そもそも、出会ってもいなかったかもしれない。めちゃくちゃだったとしても、何かを始める行動力を持った人間の方が、面白いし、世界は変る。ストックトンのシーンで活動を共にしていた友人のアーティストKelly Foley