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すばらしき世界

出所祝いに食べさせてもらったすき焼き。アパートを借りて再出発初日の白飯に落とした生卵。そんな豊かな食事が、乱れる心の中で徐々に荒んでくる。仲野大賀演じる放送作家に説教された苛立ちを、台所で食うカップ麺にぶつける時、その食事の光景は大きな背中の影に隠れて観客にすら見えない。

思うに、滋養って大切。滋養の影に、豊かな生活が見える。役所広司演じるヤクザが、社会復帰に苦戦する西川美和監督最新作『すばらしき世界』では、食事のシーンが印象的に挟み込まれ、物語を牽引していく。フードスタイリストは信頼と実績の飯島奈美さん。兄弟分のヤクザに歓待される席、豪華な刺身盛の中に置かれた炊き込みご飯のおにぎりが確かな現実感を放っていたりする。

役者の力でなんとかなる映画。役者はどうしようもないけど本が良くて救われてる映画。映画には色々あるけれど、それらがすべて揃っていると当然越えられる山は大きい。本作では、コミカルから、シリアスへの振り幅も凄まじい中、瞬時に殺気を漂わせる役所広司が、ドラマの肝心なところで幾度も、その意気に呼応するかのごとく心に残る演技を見せる(まるで『万引き家族』の安藤サクラのよう)。役者としての色気も見せながら、同時にしっかりとした実在感。もはや、達人の凄みすらある

その極で、この映画のクライマックスのようなシーンは産み落とされる。西川美和監督が、この物語を能天気な再生ストーリーとして終わらせたり、シンプルに救いのない形で終わらせたりするようなことがあろうかと、過去作で積み上げた僕の勝手な信頼に応えるかのようなクライマックスに案の定胸を打たれた。極道の世界を抜けた先に待っていた、小市民的な世界。そんな卑俗な世界を前に、主人公は自分の気持ちをコントロールできないでいるのだ。

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