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クリシャ

キッチンが廻り続ける限り、少しずつ、少しずつ、彼女は自分の居場所がここに存在しないことを確認させられている。長い空白期間を経て、久しぶりに家族の集いに呼ばれたクリシャは、微妙によそよそしさを漂わせる親戚たちを前に、心改めた自分をアピールしようと奮闘する。

調理を手伝う女たち、意に介さず遊び続ける男たち、そして10匹を越える犬。レクチャーを受けて必死にチキンを調理するそのキッチンの周りでは、ドタバタと何かが駆けずり回り、床に叩きつけられたボールが階上に跳ねる一方で、食器は激しい騒音を立てて、クリシャの半分失われた指は脂でぬらぬらと光るチキンのグロテスクな孔に、剥がれた包帯を置き去りにする(おそらく初対面のアレックスは、ドン引き)。

そう、半分失われた指。アルコール。「遵法ではない」薬。彼女の足取りを重くし、パーティーの空気を淀ませ、居心地の悪さとすれ違う視線を生み出している彼女の過去は、はっきりと描かれることないまま、時はじっとりと過ぎ行く。オープニングで家族が一同に介する際の、一見和やかな再会のシーンのそこここに発生する不思議な「距離」。親戚の一人であるトレイ(監督本人が演じている)が帰宅した際に、そのぎこちなさはあらわになる。クリシャの兄弟夫婦が意味ありげな動揺を浮かべる中、クリシャは不自然に目線を逸らすトレイと軽くハグをした後、うっすらと涙を浮かべて逃げるように場を後にする。トレイはクリシャの息子であり、彼女は何らかの事情で息子の下を去ったことが後に劇中で明らかになる。

激しく怒鳴りつけても犬が静かにならないことに苛立つ親戚に向かって、クリシャは穏やかに指南する。「周りの態度が、犬に影響する」。晩餐は悲惨なものとなり、冷えきった家族の態度はクリシャを更に取り返しのつかない狂騒へと追いやる。キッチンが廻り続けたように、ぐるぐると螺旋状に物語のエントロピーは増大し続ける。

『WAVES』トレイ・エドワード・シュルツ初監督作。回転を軸にしたカメラワークと、それを効果的に利用したシーンなど、編集のアイディアにはかなり驚かされた。ホラー映画の文法も援用し、後の『イット・カムズ・アット・ナイト』で観られるようなジャンル映画へのセンスも伺わせる。加えて、この映画で最も感心したのは音楽の使い方。音楽担当はBrian McOmberで、Dirty Projectorsの元ドラマーとのこと(あの『Bitte Orca』期のメンバーですよ!)。特に序盤のキッチンの喧騒を描いたシーンは、ピアノや打楽器のグリッジと騒々しい生活音が完全に調和しており、スリリングなのにとてつもなく効果的に機能していることに心底興奮したので可能な限り是非劇場で(ちなみに、上記の予告編は、音楽が全然良くない)。

トレイ・エドワード・シュルツ監督による、キッチンシーンの解説動画。目論見が見事に成功してますね。

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