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シャン・チー/テン・リングスの伝説

例えこれ以上なく感動的だったとしても、実は後で振り返ってみたらとんでもなく小さな物語で興ざめした…みたいなことが、「親子の物語」に関しては往々にしてある。小さな物語≒パーソナルな物語としてしか描けない世界というものは存在するので、それは必ずしも悪いことではないのだが、ことヒーロー映画においては接続点を見誤ると「だからどうした」の地平に終着してしまう危険性がある。単なる大規模な親子喧嘩じゃないか、と思われたらもう終わり。ちょっと形は歪だが、『バッドマンvsスーパーマン』の「マーサ問題」とかを思い出してみれば良いと思う(全然違うか…あれはそれ以前か…)

「テン・リングス」に与えられた凄まじく強大な力を持つ父(トニー・レオン)の立てた暴力的な計画に対して、「父殺し」を以てこれを打倒することを宣言する瞬間、シャン・チー(シム・リウ)と、その告白を受けた「最高のダチ」であるケイティ(オークワフィナ)は、物語が矮小化してしまう最大のリスクを、芯のある卓越した演技で受けとめる。彼らの友人関係における「プラトニック」さが、この決断の重大さをダイレクトに、真摯に受け止めるための土台として機能している。つまり、ロマンスに逃げない。彼らの目線の移ろい、惑いが、事態の持つ重大さ、そしてこの大きな決断を下した「ヒーローたち」がどこまでも卑小に成り得る我々の生活と直結していることを感じさせるのだろう。

かくのごとく、この映画のベースにあるのは、わたしやあなたと同じ「人間」の営みである。主人公たちは、我々と同じように生き、同じように限界と現状への不満を感じた労働者であって、決して超越したヒーローとは言えない。そこには主人公たちが生きて、決断して、前に進むという過程を、我々が我が事として受け止めることの出来るだけの大きな「余白」がある。これだけ大量のアクションとイベントが詰め込まれているにも関わらず、物語を大きく推進させるエンジンとしての感情をしっかりと描くキャンバスとしての「余白」。登場人物たちの一人ひとりの絵が、我々の日常と並列に並べられて描かれるこのキャンバスが下地となり、荒唐無稽なクンフーファンタジーの実在感を下支えする。

ということで、かつて『アイアンマン3』で登場し、壮大なすかしっ屁の後に、忘れられた存在となった「テン・リングス」不老不死にして極悪非道な真の総大将として登場したトニー・レオンが、自らの行いに落とし前を付ける形で失ってしまった命。それを巡る、すなわち「家族の物語」が、この映画の背骨となっている。我が事として顧みた時に、このヴィランの行動を一方的に責めることが出来るのか、という「極悪非道」では片付けられない善悪の曖昧さが、物語に重力をもたらす。『スパイダーマン:ホームカミング』のヴァルチャーを思い起こさせるような、この好ましい複雑さを伴ったヴィラン造形が、「あの」トニー・レオンをMCUに招き入れることの出来た最大の決め手だったと想像する。

その不死身の父を、逃亡先のアメリカで怠惰な生活を送ってきた息子が果たして超克出来るのか、という命題。いや、あのセクシーが服を着て歩いている化け物トニー・レオンに対して、「おっきくなった中井貴一」の如きシム・リウですよ。たくさん答えを用意しなければいけない、その一つの重要なキーとなるのが、かつて父が勝てなかった母(ファラ・チャン)の存在である。父の激しい拳術と対比する、母の柔らかな太極拳。実際に舞のような手ほどきを受けたシャン・チーの太極拳は、決戦の地面に優雅な弧を描く。彼はその美しさに、雪の夜に凛として構えた母親の後ろ姿を見ているのだ。

そうした家族の物語の周囲を回り続ける衛星のように、いくつかの要素が機能している。「最高のダチ」ケイティは、その中でも最も大きな成功ポイントだった。序盤のごくごく些細でコミカルな導入シーンにおける、死ぬほどバカバカしい車乗り回しシークエンスを以て、彼女のこの物語に参加する機能的な意義がしっかりと示され、示された以上それはしっかりと発揮される。それ以上にケイティは、シャン・チーことショーンのプラトニックにして忠実な友人であり、友人の危機には迷いなく愚直に全力で救いの手を差し伸べ、基本的にはコメディ回し的な役割を持ちながら、戦いにおける自らの成長も厭わなかったので、ヒーローたちの神がかりな決戦における「俺たち目線」を委託できる、というこれ以上ない理想的な「ダチ」であった。また、彼女の家族が、アメリカにおけるシャン・チーの疑似家族であることも示されていて、その2つの家族の間をシャン・チーの人生が振り子のように飛び回っていることにも注目したい。そして、カラオケ。本当にチャーミングな関係である。

監督は『ショート・ターム』デスティン・ダニエル・クレットン。色々言ったけど、実際は「ダチ」と「クンフー」が登場する序盤20分程度のアクション、特にバス大乱闘シーンで完璧に心掴まれたわけだから、残りはボーナスステージ。そのバスでのアクションは、ちょっと思い返しただけでも『ポリス・ストーリー』『スピード』『悪女』と、過去の名アクションシーンを踏まえた上でアップデートをかけたとんでもない代物で、シム・リウのクンフーアクションスター入りを確信。その後も、『ブレードランナー』『007/スカイフォール』を串刺しにするような「やりたかったんだろうなー」のビル大暴れアクションや、スケールが思わぬうちに爆上がりしてしまったラストの大立ち回りなど、思わず席を立ち上がりそうになるような心躍るご褒美シーンが満載。MCU全く知らない人でも、何ら問題のない、単体で楽しめる完成度。そして何より、予告編に登場してMCUファンを不安のどん底に叩き落した(俺は見る度に期待度上がっていったけどね)、ルックスの冴えない男シャン・チーとシム・リウという肉弾戦対応型新ヒーローがMCU入りしたことを猛烈歓迎します!!

MCATM

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