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プロミシング・ヤング・ウーマン

ささやかな世直しを終えた主人公キャシーが、ホットドッグを頬張りながら夜が明けたばかりの空の下を往く。Charli XCXが歌う「I was busy thinking about boys」。歌詞の意味が反転していく中、賑々しくGIF焼けしたピンクの文字でタイトル。あの可憐でか弱そうなキャリー・マリガンがハーレイ・クインに見えて、「…か…かっこいい…」と思う日が来るとは思わなかったな。滴り落ちるケチャップの赤が血の赤のよう。(マーゴット・ロビーもプロデューサーに名を連ねている)

「男たち」の憧れる「行きずりの恋」。恋とは名ばかりの半ば強要した性交渉に冷水をぶっかけて、メモ帳を墓場に刻み込む獲物の数。赤と青。またしても、さりげなく血と暴力へのミスリードが挟み込まれている。彼女は世直しの精度を高めるため、ビッチ風に身を固め、YouTubeの動画で男心を惹きつけるメイクを勉強したりする。グロッシーに塗りたくった口紅を、いややっぱり我慢ならぬと拭い去るキャシーの口元は赤く染まる。「そこを踏み越えると、単なる都合のよい女性の典型では?」という寸前で、放り投げて粉々にしてみせる気概が、彼女を赤に染めるというわけ。

キャシーは、親友を集団で暴行し、その後何事もなかったかのように生きている同窓生への復讐を企てている。元友人、学校の先生、弁護士、そして加害者たち。医大をドロップアウトした彼女は、その学歴に似合わぬコーヒー屋で働きながら、SAMSUNGのラップトップでSNSを駆使して情報を収集する。彼らが、何事もなかったかのように、それどころか成功を享受して生きていることをどうしても許すことが出来ない。当の親友の母親からも指摘される通り、復讐心に囚われ、計画に人生を費やしているキャシー。同居する両親には決定的な鈍さがあり、そのせいで彼女の救いにはなれずにいる。

彼女に想いを寄せる同級生のライアン(演じるのは『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』の監督Bo Burnham)が登場したことで、彼女の生活に変化が訪れる。その時期に起こった他の要因とも重なり、ウィットに富んだ彼の魅力が彼女の復讐心に影響を与えていく中、キャシーの過去を舞台としたミステリーは急展開を遂げ、避けがたい悲劇の予感が観客の脳裏をよぎることとなる

大学生になりたての時分、一人暮らしの同級生女子に「俺は、狼になるかもよ」と言ってた男友達の恥ずかしさに、ひえーと引いてたことを思い出した。キャシーの決死の作戦に喝采を覚えると同時に、彼女が憎んだこの世界の相貌が、さして変わらずに残されていることに悲しみを覚える。男性性の墓場と化したあのメモに、カウントされていったはずの人々は、まだまだ残されたままである。

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