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インヒアレント・ヴァイス

トマス・ピンチョン『LAヴァイス』(原題はそのまま『Inherent Vice』)をポール・トーマス・アンダーソンが映画化。ピンチョンを映画化なんて、まあ、まともに考えると正気じゃないわけ。脚注だけで膨大なページ数になってしまうほどの語彙(辞書が語りかけてくる…)、引用・暗喩・冗談に満ちた表現の数々に、語り口こそ「グルーヴィ」ながら、油断すると何を語っているのか分からず迷子になってしまう迷宮のような小説を、どうやって映画化するのが正解なのか。想像するのも厳しい難題に、PTAは割と真正面から取り組んだと言える。まさかの正面突破。まあ、ピンチョンの中でも、ノワールテイストで比較的わかりやすい『LAヴァイス』を選んだのは正解だと思うけど、相対的に、だよ?

ドックを演じるのは(俺たちの)ホアキン・フェニックス。元彼女で、今は不動産業界の大物ミッキー・ウルフマンの情婦であるシャスタに(俺たちの)キャサリン・ウォーターストン。ミッキーが妻とその愛人による陰謀で拉致され、ことによっては精神病院に入れられてしまう…というシャスタの訴えに腰を上げた結果、ぶん殴られて死体の横で目覚めたり、とんでもない目に遭いまくるも、ハッパの力で能天気に修羅場をくぐり抜けていくドック。

原作との大きな違いは終盤の展開で、なるほど原作では重要だった「アレペンティミエント(俺は自分の新しいバンド名をここから拝借しました)」はほのめかされている程度で終わっていたり、色々と変更があるものの、全体のテイストは「ピンチョン風」をきちんとトレース。ギャグの完成度も非常に高く、意味が分からずにポカーンとなる感じもそのままである。頭の中がダダ漏れになっているような異様なトランス状態を以て表現される脳内モノローグも、なぐり書きのメモをドアップにして再現したり、特に「ピンチョン的(と俺が考えている)」な、唐突で突拍子も脈絡もない乱入シーンが見事に表現されているのに笑った。本当に何の脈絡もなくすっ飛んでくるバイカー集団。

冒頭しばらくCANの「Vitamin C」が流れ続け、その「グルーヴィ」なリズムがそのまま本作の肉体を形作る。劇伴を手掛けるのはPTA作品常連のジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)。太いリズムは当時のソウル・ミュージックから、繊細なシーンではギターのアルペジオを多用した不穏な音響で。相変わらずの巧みな仕事がありがたいっすね。

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