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ガイ・マディン

勉強不足となじるならなじれ。カナダの実験映像作家ガイ・マディンの名を、去年初めて知った。最近作『The Green Fog』が渋谷のユーロスペースで上映されるというのだ。全く知らない作家、日本で紹介されていない実験映像の巨匠。観ない理由がないでしょう?

ガイ・マディン(Guy Maddin)の経歴と作品|Knights of Odessa|note

アップリンクに勤めていた頃に、『ギムリ・ホスピタル』の上映でそのタイトルはうっすらと記憶にはあったものの、作家名など全く知らなかったし、作品も未見ではあった。しかしながらこの『The Green Fog』の紹介に関してはやはり人の気を惹くに十分な「どうかしてる」現象だと思う。

「独自の路線で映画を撮り続けるカナダの奇才:ガイ・マディン。そんな彼が、単なる『めまい』のオマージュ映画を撮る…わけがない!
マディンは『The Forbidden Room』(2015)の制作中、ヒッチコックの『めまい』以外の映像で”パラレルワールド版”の『めまい』を作り出すという挑戦を思いついたという。古典映画、50年代ノワール、実験映画、70年代のテレビ番組など、サンフランシスコで撮られた様々な映像が、マディンの手で1つに紡ぎ合わされ、独創的な幻想世界を生み出している。」

『The Green Fog』

サンフランシスコを舞台にした映画をカットアップ〜コラージュすることでヒッチコック『めまい』を再現できることに気がついてしまったガイ・マディン。しかし「コラージュ」などの剽窃芸術は、常に別の文脈に引きずられるという特徴がある。ある物語を達成しようと試みたところで、別の物語によって暴力的に上書きされる危険が常につきまとう。この映画においては、単に屋根の上での追跡劇が、カットごとに異なる映画、異なる物語から切り取られているため、服装が変わったり構図が変わったりするたびに、どうしても別のコンテクストに引っ張られてしまう。そうして360°あらゆる角度から引っ張り続けられた結果、異形の物語が完成する。こういった、どう考えても無理がある鬼の所業に手を出す中で、どうにか整合性を保つため文字通りフィルムは火を吹き、咀嚼・相づちは引き延ばされて、気まずい時間が流れ出す。そう、これは、コメディである。

世界がコロナ禍に苛まれている中、なんともありがたいことに、『The Green Fog』の上映は無事Vimeo上で行われた。芸術に触れる機会そのものが根こそぎ奪い取られているような気分になるこの現在直面中の災厄の中、それが気のせいなのだよと伝えてくれるこうした試みは、ささやかではあるが確かに心強くて助かっている。

『Tales from Gimli Hospital』

86年の監督作『ギムリ・ホスピタル』も続けざまに鑑賞。F・W・ムルナウ的なサイレント映画の世界で、初期デビッド・リンチみたいな物語を描いているような作品。とはいえ、謎のあっけらかんとした明るさもあり、例えば浜辺の女の子たちに接近しようとする際に、魚卵をポマードのように使うところなど、笑ってはいけないタイプのユーモアには満ちている。死にゆく母親を前にした子どもたちを前に、ペストのような疫病にかかった人間が収容される「ギムリ・ホスピタル」の話をするババアのシーンから幕を開ける時点でまあどうかしてる。

と言いつつ、俺は今、『The Forbidden Room』が観たくて仕方ない。まだまだ、ガイ・マディン探訪の旅は始まったばかりである。予告観てみてください、とんでもないでしょ?

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