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Lenz

アレクサンダー・ロックウェルの新作『Sweet Thing』が公開されるという報せを受けて、俺は歓喜した。なぜなら、彼のデビュー作『Lenz』を観て、エラく感銘を受けていたから。18世紀のドイツを舞台にした、詩人ジェイコブ・レンズの狂気に至る半生を描くゲオルク・ビューヒナーの小説を、80年代のニューヨークに翻案したのがこの『Lenz』である。

不穏なノイズを引き連れて、マンハッタンの大橋、アーチの上(あぶないよ!)を一人征く主人公の詩人レンズは「水難事故」を騙り、オーべリンとローズのカップルが住むアパートに転がり込む。ジャームッシュを引くまでもなく、刺々しく荒廃するニューヨークを見るのは楽しい。しかし、度が過ぎている。橋はところどころ崩落し、草木は豊かに生い茂っていて野生の獣もしかり。打ち棄てられたビルに朽ちた道路、荒廃しきった町並みを背景に、彼らは細々と生きる意味を模索する。

鳩の飼育を学び、「腹が減った」とパスタを食べながら、アリの生態について議論する。地元のおっさんとのジャムセッションや、簡素なレコードプレイヤーで鳴らす音楽に腰をくねらすシーンに、荒廃の中に微かな光の灯るような幸福を見つける三人。そんな日常にも、詩が切り込んでくる。カメラに向かったローズが「愛」について、訥々と語り出す。「愛」は複雑で、「Love」などという簡単な言葉で表されるものではない。放屁するように「愛」を語る?語るべきなのか。レンズの詩は生活の端々に偏在し、他人の口を借りて世界に表出するのだった。

from Lenz

パーティーで聞いた、エジプトの砂漠で裸の男を轢き殺す話。不吉なイメージが心もとなくループする中、ある人物の死を境に、突拍子もなく結びついていた三人の生活が引き裂かれていく。確かに存在した微かな「愛情」が、頼りなく寄り添って、いつの間にか色を無くしていく。解像度の低いフィルムの質感が、引き攣ったような微妙な色を伴い、朽ちていく都市を模した美しさとして立ち上がっていた。

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